そりゃそうでしょう



買い物に出ていた街角。
とあるカフェの前を通りかかったまさにその時。
お姫様として生まれ、育ち、教育を受けた彼女にとって、それはまさに雷の如き衝撃だったのです。

「ユーリ!!」
「……あのなエステル、扉壊れっから、ほんと、扉の耐久値って俺らより低いから」

とりあえず例によって例の如く、その見た光景の説明を求めるべくセンセイの元に突撃したのは言うまでもありません。







今日も今日とて読書に余念のない、むしろ他に興味もあまりない我らが天才魔導師サマは宿泊部屋のベッドの真ん中を陣取っていました。
丸まった背中は読書が始まって早二時間ほど経っていることを表し、ご飯を食べていないことは明白。
声を掛けても気付かないか、うん、という生返事のみ。
早々に昼食の呼びかけを諦めた我らが首領は語ります。だってしつこく言うとファイアボールだよ!? と。仕方ありません。それは仕方がありません。放置です。
空腹も、睡眠も、読書と集中力の前には霞みと消えるのです。それが彼女です。
そんな状態のリタに声を掛けても、さらには極近くに近寄っても大丈夫な人が、二人います。
一人は鎧装備というにはあまりにも肌色面積の多い、青い竜騎士。
もう一人は。

「リータ」

今まさに満面の笑顔で傍に寄っている、お姫様です。
ぽわぽわと周りに花を幻視させかねないオーラ、つまりご機嫌です。
何故そんなにご機嫌かって、つまり、先に知った知識のせいであり、それを行動に移すには格好の機会にこんなにも早く巡り合えた僥倖故でした。
エステリーゼの手には、この町で有名だという甘い果実のジュース。
ベッドでの飲食は行儀が悪いとはわかっているのですが、咎める者は誰もいません。

「リタ」
「んー」

エステリーゼの声に反応したリタの声は、本から視線を外さないものの柔らかいものでした。
パーティの男性陣からすれば雲泥の差です。
その返事に気をよくしながら、エステリーゼはジュースのストローに口をつけながらも、リタが読む本にそっと視線を落とし、あまりにも難解なそれからまたそっと視線を外しました。
視線はそのままリタの横顔へ。幼いながらに学者然とした真剣なそれをしばし見詰めます。
脳内での術式が滞ったのか、指先を口元に持っていき瞳を細めたリタを見て、エステリーゼははっと我に還ります。少々、見とれていたようです。本来の目的を思い出し、無意識に少しずつ飲んでいたジュースから、ストローから唇を離します。
視線は横顔から、自身より小さな指先が触れる、それへ。
ごくり。
ジュースの名残を飲み下し、エステリーゼは拳を握ります。ジュースの容器がちょっとだけ不穏な音をたてました。力入れ過ぎです。
いざ。実践へ。

「リタ、突然ですが喉渇いてません?」
「んー」

やったらと真剣な声での問い。
平素ならば顔をしかめてはあ? とでも言いそうなものですが、今は読書中の特殊状態。さっぱり気にすることなく生返事です。
なので、エステリーゼは畳みかけるように言いました。

「飲みます?」
「んー」

はいともいいえともつかない応え。
エステリーゼは十秒ほど数えましたが、リタの視線がこちらに向くことはありません。
よって、積極的に行くことにしました。
持っていたジュースを、そのストローを、リタの口に近づけたのです。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけストローに向けられたリタの視線。そうして、次の瞬きの後には。
ぱくり。
ストローは、リタの口に咥えられていました。

「っ!?」

息を飲む音が聞こえます。
エステリーゼは、ジュースを啜るその姿をじっと見ていました。
魔導器の金色が囲う細い喉が、小さく上下すると、ストローは離されます。
若干震える手を抑えつつ、ジュースを引き戻したエステリーゼの視線は、ストローと、リタを行ったり来たりしていました。
そうして、やっと実感がいったのか、ぱああっと、五割増しくらいに花が舞い踊る笑顔を浮かべたのです。

「おいしいです?」
「んー」

エステリーゼは生返事をさして気にすることもなく。

「もう一口飲みます?」
「んー」

また、いそいそとストローをリタに近づける作業に戻ったのです。








一時間前。
教えてユーリ先生。

「か、かんせつ、きす……!!」
「……いや、そんな愕然とするもんでもねーだろ、そこらのガキでもするって」
「子供のころから……!!」
「そこじゃねーって」
「してもいいのでしょうか!!」
「……エステルがしたいのならしてもいいんじゃないでしょうか」
「そうですか!!」
「嬉しそうっすね……」
「嬉しいです!!」
「……フレン、王族ってどんな教育してんだよ」
「エステリーゼ様!! エステリーゼ様はそのようなことをしてはなりません……!!」
「うわあうっぜぇ」
「フレン! 止めないでください!! そういうフレンだって、したことあるのでしょう!?」
「ぼっ、私はそのような」
「俺としたことあるだろ」
「ユーリと!?」
「それとこれとは違うだろう!?」
「うわあほんとうっぜぇ」









後日。

「ジュディス。それ一口」
「どうぞ」

竜騎士が手にしていたカップを受け取り、魔導師はそれにゆっくりと口をつけます。
熱いのか、ゆっくりと傾けられたそれ。
口の上に付いたクリームを舐めとり、カップを返しながら魔導師の眉は顰められていました。

「……もっと甘いのがいい」
「それはリタの好みでしょう?」

竜騎士は、苦笑を浮かべていました。

「リタぁ!!」
「えっ、ちょ、何!? 何で泣きそうなの!?」

それを見たお姫様が激昂するまでが予定調和でした。

「私と一緒にジュース買いに行きましょう!!」
「だから何でそんなことで必死なわけ!?」



この温度差である。

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