おしえましょう、おぼえましょう
ぽん。
薄い紙細工が、宙に浮いた。
「リタ! 見てください!」
「あ?」
首を後ろに倒して見上げた先、逆光でもわかる。満面の笑み、ちょっとめんどくさい時の笑顔を浮かべた桃色お姫様。
胸元に持った楕円形の、紙束みたいな、何か。
「あによ、それ」
「カミフーセンと言うものらしいです! 雑貨屋の店主さんに頂きました!」
「へー、よかったわねー」
かくん。
よし。読書続行。視線を元に戻して頁をめくろうと。
「リタ! リタぁ! 聞いてください!」
「だあぁあぁああ! わかったわよ!!」
肩を揺さぶられて強制終了させられた。
見た目に反して腕力のあるこの子にあのままされたら、確実に酔う。そして首を痛める。
渋々本を閉じた。
ちょっと息を吹き込んで、少し膨らんだら、こうやって、ぽんぽん叩いて浮かせると、ほら、見てください、膨らんできました。
そうして冒頭に戻る。
「あー……、楽しいのそれ」
「楽しいですよ!」
「あ、そ」
少しずつ膨らんでいくそれを目で追いながら、首を擦る。
自慢じゃないが身体はあまり強くない。骨格的とか、筋肉的な意味で。ビバ穴蔵生活。必要なのは省エネルギーコンパクト性能。つまりそういう意味ではパーフェクトボディだ。自分で言ってて意味わかんなくなってきた。そう言えば一昨日辺りからあんまり寝ていない。
「ここの辺りで、小さな子供が遊ぶものらしいです」
「へー」
「私は押し花とかそういうものをしたんですけど」
「ふーん」
「やはり地域ごとに違うものなのでしょうね!」
「ほー」
まあるくなった紙風船。
軽い音とともにエステルの両手の間をふわふわと行き交うそれを、ぼんやり見詰める。
小さい頃にした、遊び。
「リタはこういう遊び、しました?」
「してない」
即答できた。エステルの目が丸くなる。紙風船が落ちる。
手を後ろについて力を抜いて、凭れた。
「あたし、昔から研究ばっかだし」
覚えているうちで遊びと言ったら、問題の早解き。でも、あれは、きっと、違う。どうでもいいけど。
落ちた視線は組んだ胡坐の少し先。問題用紙の幻影は、転がってきた色彩に消える。白、赤、白、緑、白、青。白、黄。
まあるい、紙細工。
「リタ」
呼び声に視線を上げる。
どうしたって、唇をかみしめたくなるような、優しすぎる笑顔。
「はい、こっちに浮かせてください」
めんどくさい、笑顔。
「今からでもいいじゃないですか。私と、遊びましょう?」
意味がわからない。
何で今からとか、何がいいのかとか。
「いや、何言ってんの」
わからない。口が、変に引きつる。エステルから視線を外すことを許されない。
「リタ」
そういう声で、呼ばないで。
心臓から苦いものが喉を逆流しそうになる。
「ね?」
逆らえない笑顔のくせして、どこまでも待ってくれる。
なんなの、あんた。
せり上がるそれを飲み下して、押しこんで、仕方ない。
少し歪になった紙細工を軽く浮かせて、打ち返そうと腕を上げて、まあるいそれは。
「あらリタ、遊んでもらっているの?」
「ひぎゃ!!」
パァン!!
破裂した。
耳元で声。力加減を間違えて思いっきり叩き割った。柔い。流石薄っぺら。じゃなくて。
全速力で背ろを振り仰ぐ。
青い、長身。割れることないまあるい二つ。なんなの。なんなのよ。ていうか。
「ああああああああああんた気配なく後ろに立つなっつってんでしょ!!」
「気配なんて消してないわ、よっぽど夢中だったのね」
「ッ! ッ!! ッ!!!」
「威嚇しないの」
「してないわよ!!」
あたしの抗議を笑顔でいなすこいつが、物凄く、腹立たしい。
紙風船の残骸を一瞥して、ジュディスが瞬き。おい、話聞け。あたしのこの怒りを聞け。
「あら、紙風船ね」
ここまでスルーされると凋むというものだ。さっきあたしが叩き割った紙風船みたいに。
破けるんじゃない、空気を抜く。ため息に換えて。
「ジュディスは知ってます?」
「ええ、昔……遊んだわ」
エステルからもうひとつ、新しく、まだ畳まれたままの紙風船を手渡されたジュディスの目が、凄く、嫌だった。
嬉しそうなくせして、辛そうな色で、いらいらする。なによ。
「リタ」
その視線があたしに向いて、驚く。
色が変わる。エステルとは違うのに、優しくしてくる笑顔。何で、あんたたち、あたしにそんなの向けるの。
「はい、膨らませてみて」
反射的に受け取った紙風船。
ジュディスを見る。笑ってる。さっきの紙風船を見る。破れて落ちている。エステルを見る。笑ってる。
あたしの手の中の、紙風船を、見る。
「や、やったことないし」
「だいじょうぶ」
教えてあげるから。
あたしの後ろに座りこんだジュディス。腕が伸びてくる。あたしより、ずいぶん大きく感じる、掌。
持たされた紙風船。少し息を吹き込んで。歪な、楕円。
ぽん。ぽん。ぽん。
軽く打ちあげて、片手で受けて、繰り返す。変な方向に飛んでいきそうになれば、あたしのじゃない掌に受け止められた。
「そう、上手」
振り返らない。
なんなのよ、その声。エステルといい、あんたといい。ほんと、なんなの。
「……子供扱いすんな」
「褒めているのよ」
まあるくなった紙風船。ふわふわ浮きあがって、掌から掌へ。
誰かと遊ぶはずだった。誰かに教わるはずだった。凋んだそれは、今はまあるい。
あー。
なんか、うまく膨らむと、ほんのちょっとだけ、嬉しいかも、しれない。
ちょっとだけ高く打ち上げたそれを両手で受け止めて、色彩の向こうに、桃色の膨れ頬を見つけた。
あれ。何怒ってんの。
「む、ジュディスずるいです!」
「そう?」
「ず、ずるいって何よ」
「リタを一人占めです!」
「さっきまでエステルが一人占めだったじゃない、私にも分けてほしいわ」
「あたしはものじゃない!」
こっちは凋ませるのに、苦労しそうだ。