似ていない。
皮肉なほどに、ある意味奇跡的に、似ても似つかない。
小さく丸まる背中を見て、改めて、思った。

「リタ」
「んー」

ベッドの上に座りこむリタに声をかけても曖昧な生返事しか期待は出来ない。
最近手に入れた魔導書。この子の興味のほとんどは、今、その本に注がれている。
昨夜も遅くまでのめり込んでいたのに、今朝も起きるなりこの状態。
熱中するほど前のめりに、丸まっていく背中を見ながら、姿勢が悪いと何度も思う。言ったところで生返事。椅子代わりの、凭れるものでもあれば、あるいは。
何も用意しなくてもそれの代わりになるものを私は持っているけれど、それをしてしまったらきっと怒るだろうからまだしていない。
まだ、許されてもらえる距離ではないから。

「髪、跳ねてるわ」
「んー」
「直してもいいかしら」
「んー」
「そう」

声をかける。
生返事を好意的に捉えて、リタの後ろに座る。
リタは気付かない。気にしない。
それは近づいたのが私だから。それとも本に集中しているから。
そう考えて、小さく笑いが漏れた。何を、考えているのかしら。
髪に、触れる。
チョコレート色の、柔らかい、猫っ毛。
短いそれの一部分が、元気よく跳ねている。なんてことは、ない。
そう、口実。
寝ぐせが付いていることは、間々ある。けれど、今日は付いていなかった。
近づくための理由なんて、どれでもよかった。生返事をどう捉えようと、それはこちらの解釈だから。この子は、怒るかもしれないけれど。
指を絡ませて梳けば、絡まることなく流れる髪。そういえば昨日、お姫様にお風呂に入るように強く言われているのを見た気がする。研究にのめり込むと寝食も、何もかも忘れるような子だ。放っておけば、それこそ、限界がくるまでずっと。
背も小さく、丸まった背中も薄い、おおよそ、肉付きという言葉が見当たらない、痩せた身体。
本の頁をめくる指を見て、髪を梳く指を見て。似ていない、と何回目か解らない言葉を思い浮かべた。
見て、触れればよくわかる。より、実感する。
この子と、私は、似ていない。
まるで正反対、そう言ってもいいかもしれない。
視界の端に映る青い髪。この子を映す赤い瞳。槍を扱う腕。宙を駆ける身体。手にする武器。
似て居る所を探すのが困難なくらい。
指を通した襟足。そこには、私と同じナギーグは、ない。それより下、細い首に嵌められた金色の魔導器。触れれば、持ち主から移った熱を感じた。
瞼を下ろす。
似ている。どうしようもないほど、似ている。
魔導器に対する、この情熱。
溜息が、出るほどに。
私とは似ていないのに。

「リタ」
「んー」
「……リタ」
「んー」

髪に、触れる。
名前を、呼ぶ。
目の前の小さなこの子は、何も、知らない。
知ってしまう可能性を与えられるのは、私だけ。
だから、この子は、何も知ることはない。
誰よりも似ているこの子は、誰よりも似ていないこの子は、何も、知らない。

「ねぇ、リタ」

嘘は嫌い。
だから、何も、言わない。
喉を通ることもない思いは、ずっとずっと私の内の深い所にしまっておこう。
ずっと、ずっと、誰にもわからないこと。
梳いた髪から覗いた耳。
長く尖ったものではない、その耳に、届くことのない言葉。
空気を震わせない声を、伝えることのない真実を、指先に乗せて、その耳に触れ。


「んゃ!」


子猫みたいな叫び声が響いた。

「あら」

勢いよく振り返ったその可愛らしい顔は真っ赤。片手で押えた耳、反対側は顔と同じく真っ赤。
つり上がった眉。震える唇。翠色の瞳に映る、目を丸くした私。
自分の頬に手を当てる。
ああ、ほら。目の前に居る子がよく口にする、言葉がよぎった。

「弱点発見?」
「ッ!!!!」















「おーい、ジュディ、リタ、朝メシ食いに行くぞー……って、何してんだ、新しい遊びか?」

ノックの後に開いた扉から現れたその人は、こちらを見て、少し困ったような笑顔を浮かべた。

「遊んでいるように見える?」
「まあ、見えねぇな」

ため息混じりの声に、視線を戻す。
私の両耳は拘束されていた。

「リタ、少し痛いのだけれど」
「んぎぎぎぎぎ」

目の前の、まだ赤い顔をした子の両手によって。


「あんた何してんの!?」
「だって触りたかったんだもの」
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