誰か代われ
なにこれ。
あたしの頭の中はその言葉しか浮かんでいない。
よし。状況を整理してみよう。
何事も状況の理解から物事の解決策は導かれる。現況を把握し、理由と追求し、原因をぶちのめす。これに限る。
あたしは本を読んでいた。この前手に入れた本だ。それなりに値も張った、いい魔術書だ。
基本的に世界を渡る旅をしているから本を読むのは休憩中か、はたまた宿を取った時、そのくらいに限られてくる。
あたしはその貴重な時間を満喫しようとしていたのだ。そう、しようとしていた。
「戦闘は相性もあるわ、後方支援型のパートナーは……わかるわよね?」
「近接戦闘、私だって当てはまります!」
ともあれ、今は野宿なのでそれ相応の準備と言うものがある。寝床や食事の用意。そして、近隣の魔物を倒しておくことだ。
単独行動はあまり推奨されない。何かあった時に困るから。というわけで今日もツーマンセルでいこうってことになった。
のは、いいんだけれど。
『リタ』
問題はその直後にあたしの名前が呼ばれたこと。しかも、ステレオで。
各々の得物を手にした二人が、そこに立っていた。凄絶な笑顔を浮かべていて、正直に言おう、ちょっとだけ、怖かった。狩られるんじゃないかと思った。二人の前に立つ魔物の気持ちってあんな感じなのね。
そうして、私に声を掛けた二人は、私に声を掛けたのが自分だけじゃないと知り、互いにしばらく見詰め合って。
「怪我したら治癒術だっていります!」
「大丈夫、怪我する前に倒すから」
これである。
えっ。私関係なくない。なにこれ。近接戦闘係の争奪ってやつ。
あたしは基本的に動きたくない。出来るなら読書をしていたい。そんなに魔物討伐に行きたいなら二人で行け。マジで。
あたしは本読んでるから。むしろ頼んだって言い。行け。
言い争っているのかなんなのかわからない二人の会話に私が関係ないことを認識して読書に戻ったのだが、それがいけなかったのか。静かなところへ移動すればよかったのか。
「ジュディスこの前もリタと一緒じゃなかったですか!」
「あら、この前ベッドが一緒だったのはどこの誰かしら」
ぐいっと引き寄せられたかと思えば、背中から柔らかく受け止められた。
え。先ほどよりも鋭角になった凭れ方で上を見上げればピンク色の髪。視線を下ろせばやたらと近くに青色の髪。
なにこれ。
「リタが私のベッドで寝ちゃったから仕方ないです!」
「私が運ぼうとしたら全力で拒否したわね」
「寝た子を起こしちゃいけません!」
えっと。
エステルがあたしを後ろから抱きしめてて、ジュディスが目の前まで迫ってきてる。ってことで。あってる、のか。
は。
なにこれ。
「いやん、なにあれおっさん替わりたいわぁ」
「俺は頼まれてもごめんだね」
「ぼくも遠慮するよ」
遠くで聞こえた声に視線を向ければ、男ども。
こっちの視線に気づいたのか、目が合った。くねくねと気持ち悪い動きをするおっさんを重点的ににらむ。
あんたら見てんなら助けなさいよこの状況なんなのよ。あとおっさんはエステルに抱きつくとかしたらマジ燃やすわよ。
「あら、余所見はだめよ?」
くいっと。
槍なんてごつい武器を振り回すくせしてきれいな指が、顎に添えられて、正面を向かされた。
目の前に、赤色。こいつ、無駄に綺麗な顔してるから。なんていうか。
瞬間、頬が熱くなる。
「ジュディス! だめです!」
ぎゅっと。
お姫様なんていいながら剣を扱う腕が、予想外に力が強いことを知っている。
そのくせ、痛くないように抱き寄せられて、ふんわりと花のような香りまでまとっているから。なんというか。
もっと、頬が熱くなった。
「真っ赤」
遠くでそう聞こえた。
あ。あ。あ。あ。あ。あ。あ。
ぅああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
「犬ッ!!!!!」
がばりと勢いをつけて立ち上がる。
視線は我関せずであくびをしていた犬。よし、犬しか見ない。オッケー。ほかは気にしない。
握り締めた魔道書と、帯。
屠る。
なんていうかもうどこにもぶつけられない持て余した感情をぶつけてやる。
「行くわよ!!」
「ゥオン!!」
待ってなさい魔物ども。
リタが去って一分丸まる。
遠くから火柱が上がったのを見上げて、止まっていた俺らの時間は動き始めた。
とりあえずあっちにいる二人を見て、見ないふりをして。
「俺、飯作るわ」
「ぼく、寝床の準備するね」
腰を上げる。
なるたけあっちに視線を向けないようにカロルと荷物をあさりながら、まだ動かない35歳児に視線を向けずに一言。
「おっさんはあの二人と薪拾いなー」
「ちょっ」
年長者がんばれ。
俺にはあの空気は無理だ。
「やだ何この状況!!」
おっさんの叫びは雷音にかき消された。