限定装備!!



リタさんの機嫌は、麗しいとは言えないものでした。
そりゃあもう、眉根がぴくぴくしちゃうくらいにピリピリしたものでした。
とある胡散臭い中年男性がちょっかいをかけようものなら一言もなく炎術が十連弾飛んできかねないほどでした。

ふり

まずその格好。
先日、とあるバイトの結果貰った衣装。今日はこれでお願いね、と有無を言わせない大人の笑顔に押し切られました。何あの笑顔怖い。リタさんは心の中でとても思いました。
次にさきほどの食事。
お好み焼き。個人的なことですが、リタさんはこの食べ物が苦手です。それでも今日はバッチリ戦闘メンバーだったので頑張って食べました。
さらに戦闘。
あと少しで新しい術を閃きそうなんだけれど、それが出てこないこの遣る瀬無さ。哀れ八つ当たりされたモンスターはその魂が浄化されるほどの水洗いを受けました。

ふり、ふりふり

まあ。
まあ、それはいいでしょう。
色々あったでしょうが、それはいいでしょう。隣に置きましょう。
それより、何より、今、現在。

ふりふり、ふりふりふり

リタさんの不機嫌リミッツゲージがぐんぐん上がってきている、その理由。
それは。

「リター?」

とてもいい笑顔で猫じゃらしを振る、エステリーゼさんに他なりませんでした。












何、何なの、杖なの。それで叩かれてダメージあるって何なわけ。エアル供給と伝導率によって硬度が変わるとかそんなやつなわけ。
そんなことをぐるぐる考えながら最後に締めくくる言葉は、ばかっぽい。
ヘリオードまでやってきた一行は今夜の宿をここに決め、自由時間を過ごしていたのです。
もちろんリタさんはその時間を研究のために読書に費やそうとしていました。好きなことを出来ると言うことでちょっと気分よく本を手にベッドに座りこもうとした時です。同じく宿に残っていたエステリーゼさんに声をかけられたのは。
いつものように振り向いて、何、と言おうとしたのです。リタさんは。けれどそれを言うより前に、目の前にふわふわのひよこ色の物体が浮いていました。

「はい、リタ♪」

猫じゃらしでした。どこからどう見ても、エステリーゼさんのお気に入り“武器”、猫じゃらしでした。
リタさんは天才です。その頭の回転の速さは他の追随を許しません。だからこそ、わかってしまったのです。色々と。

「ほら、ふりふりー」

そうでなくても輝かんばかりの、いえ、いっそ輝かしい笑顔で、猫じゃらしを揺らすエステリーゼさんを見れば誰でもわかることでしょう。
彼女が、何を期待しているかということが。
猫じゃらしが向いているのは、間違いなくリタさんです。そう、ねこねこウェイター姿のリタさんです。言いたいことはわかりましたね。つまりそういうことです。
しかし相手はリタさん。そんなこと簡単にしてくれるわけがありません。例え、エステリーゼさんだとしても、さすがにしたくないこともあります。
主に羞恥心のせいで。ちょっと頬が赤いです。
それでもエステリーゼさんは諦めません。というよりもわかってません。
エステリーゼさんのテンションはすでにオーバーリミッツしているのです。とっても楽しそうでした。

「リタ、リタ、見てください」
「……見てるわよ」
「猫じゃらしです!」
「……そうね」
「リタ、今日の衣装とっても似合います! 可愛いです!!」
「……あ、ありがと」

嬉々としたエステリーゼさんの声に、眉根を解きほぐしながらリタさんは努めて平坦な声で返していました。
なんてったってリタさんはエステリーゼさんに弱いですから、強く突っぱねるなんてことは流石にしません。少なくとも、最初は。
しかしながらそれも限界があると言うものです。これも色々と。

「ふりふりー」

リタさんのほっぺをくすぐりかねないほど近くにまで猫じゃらしの侵攻は進んでいました。
リタさんの眉根がまた寄りました。心なしか肩が震えているように見えます。そしてエステリーゼさんもエステリーゼさんで限界でした。
猫じゃらしが、止まります。

「どうしてです!?」
「わからないの!?」

なぜそこまで必死なのかと思われかねない問いかけでした。エステリーゼさんは真剣です。
きっと耳と尻尾が本物ならばフシャーと毛を逆立てていたでしょう。リタさんは本気です。
何この不毛な争い。しかしつっこみを入れる人も、煽る人も、誰も他にはいませんでした。
両者の睨みあいというか、見詰めあい、それを先に止めたのはリタさんで、傍らにあった元々の目的であった本を開いていました。
それからエステリーゼさんが何と声をかけても反応はなく、ちょっと振ってみた猫じゃらしにも目もくれず、リタさんは読書を続けていました。
しばらくして、ついにリミッツゲージが零になってしまったエステリーゼさんはしょんぼりしながらリタさんの傍を離れます。
隣のベッドに、リタさんに背中を向けて腰掛け、落胆していました。どんよりとしたオーラが具現化しているようでした。
それを、ちらりと見たリタさんは、再び本に視線を戻して、またちらりと見て、戻して、見て、戻して、見て、見て、見て。
イライラしたように、口を引き結んで、頬を若干また染めて、大分時間をかけてから、ぱしんと本を閉じました。
その音にエステリーゼさんが振り向けば、こちらのベッドに乗り上げているリタさんの姿。
とっても不満気な、何故か頬がほんのり色付いたその姿。
状況がわからず首を傾げるエステリーゼさんに寄ってきたリタさんは、そのまま座り込みます。
そして、手放されていた猫じゃらしをエステリーゼさんに持たせ、そのふわふわしたひよこ色の先端を、ぺふ、と軽く丸めた手で抑えつけました。
リタさんの羞恥心リミッツゲージ限界ぎりぎり。
躊躇った、一息。

「にゃあ」

上目遣いでした。






エステリーゼさんテンションリミッツゲージ上限突破。

オーバーリミッツ。





「リタぁぁぁああああ!!」
「え、ちょ、にぎゃああああああああ!!!!」






数分後。
怯えきった子猫は、ジュディスさんの手により、暴走者から無事保護されました。


「ところでリタ、喉くすぐっていいかしら」
「あんたもか!!」
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