ひだまり



本を読んでいる時が、好き。公式を組み合わせ、方程式を解き、新たな境地に達する時が、その糸口を見つけることが出来るその一瞬が、好き。文字を読み、言葉を吸収し、意味を解読する。それと共に頭の中にある色んな公式と合わせて、理解して、知識を蜘蛛の巣のように広げていくのだ。くちをあける。最初の点から、線を一本入れて、入れて、繋いで、繋いで、ほら、シナプスが連結するように、広がっていく。どこを走行すれば求めた答えに行きつくのか、遠回りをすればいいのか、近道をすればいいのか、新たな線を描けばいいのか、考えるのが楽しく、嬉しく、至福。だからあたしは紙に踊る文字を追うことに没頭する。かみくだく。他のものなんて気にしない。目に映る文章に、公式に、解説に、例題に、集中する。記述にあるたった一言。それによって開ける道なんて多様にある。それを見つけた幸福感。堪らない。のどにとおす。詠唱。術式。魔導器。この休憩時間における読書の時間が、あたしはとても好きだ。今日はこれを読み終わって、宿についたらあっちの文献についても読もう。うん。おいしい。文字を追う。












「すごい……」

カロルの言葉に視線を向けば、木の根元。
休憩場所として選んだこの場に近い木。その木陰に小柄な人影。
と、それを囲んだ二つの種類の違う、系統は同じ、笑顔。

「ほれ」
「あ、ユーリ、ありがと」

ミルクの入ったカップをカロルに差し出し、その横に座る。
手にしたプリンを一口。うん、うまい。さすが俺。
スプーンをくわえたまま、まだカロルが見詰めているその木陰を見る。
中心、木の幹に凭れて、我らが天才魔導師サマが今日も読書に夢中だ。あっついハードカバーの、見たら即眠気に誘われそうな文章を真剣に読んでいる。
ああなるともう止められない。いや、止めることは出来るかもしれないがそれ相応の覚悟が必要だ。少なからず焦げるくらいの。
アスピオのあいつの家を思い出す。幾重もの本の塔。その中心に隠れている小さな猫背。乾いた笑いが漏れる。俺には考えられない。
放っておくと食事も睡眠も何もかもしない。それが、リタだ。
目標に到達するか、限界がきた時に、そう、電池が切れたみたいにどこ構わず眠りに落ちる。子猫かっつーの。
フシャーと威嚇してくるチョコレート色のちっさい猫が思い浮かんで、真顔になる。やばい、しっくりきすぎる。

「どうして気付かないんだろうね」
「んあ?……ああ」

カロルの声に思考の渦から引き戻される。
改めて現状を見る。リタが読書中だ。そしてその横に、笑顔の程度は違っても、めちゃくちゃ嬉しそうなやつが、二人。
一人はリタの傍らに座りこみ、一人は反対側の傍らにしゃがみこんでいる。
満面の笑顔と、静かな微笑み。
姫様と、槍使い。
何をしているかって、そりゃあ。

「はい、リタ、あーん」
「ふふ」

餌付け中だ。
エステルが手にしたスプーン。
それ乗った小さめ一口サイズのスコッチエッグがリタの口に消えていく。
リタの性格を知っているやつならこの光景に驚くだろう。そう、おそらく素ではこんなことはしてくれない。あーん、なんてこと。下手すりゃファイアボールだ。
だが現状を見てみろ。何も起こりゃしない。
この現象に初めに気付いたのは、ジュディだ。
いつものように昼飯も食わずに本にのめり込んだリタを見て溜息をついていたジュディが、手にしていたオムライスを一口、リタの口元に持っていったのが最初。
口を少しスプーンでつついたら、口が開き、咀嚼し、呑み込んだ。
それを見てテンションが上がったのが、いうまでもない、エステルだった。
リタ、可愛いです。可愛いです。私もしてみたいです。あら、いいわよ。リター?あーん。私としたことが大事なその一言を忘れていたわね。食べてくれました!!
それ以来。リタがこの状態になってしまった時の食事法はそれで固定された。本人の意思は関係なく。
ちゃんと食事を摂らないとダメでしょう?だめですよね?
二人の笑顔を忘れられない。
まあ、気付いていないし、栄養は取れてるし。あのびっくりするくらいほっそいのが余計に細くなるの防げるなら、いいっちゃあ、いいんだが。

「この前のスコッチエッグよりこっちの味付けの方が好きみたいね」
「え? ジュディスわかるんです?」
「ええ。少し嬉しそう」
「!?」

食い入るようにリタの表情を見ながら食べさせているエステルと、微笑んだままのジュディ。
ていうか表情変わったのか、わかんねぇ。でもジュディがそういうならそうなんだろう。リタの感情の微妙な変化に気付くのはいつもジュディだ。
良く見ている、そう思う。そしてそれをエステルが羨ましいと思っているのも知っている。
ユーリもリタが体調悪い時気付くの、はやいじゃないですか!!
何故か俺まで怒られた。今も気付けなかった自分が悔しいのか、ああして少し頬を膨らませているエステルだって、寝てるリタを起こす時に唯一怒られないというのに。
ちなみにスコッチエッグはジュディお手製だ。今日の食事当番は俺だったが、ああなってしまったリタがいる場合、リタの分だけは特別にエステルかジュディが作るようになっていた。
どうしてとは聞くな、聞きたそうだったカロルの口を塞いだのは少し前のことだ。
リタが食べている姿を見るのが、好きなのだろう。それが、自分が作ったものだったらなおさら。
事実、二人の表情を見ろ。まるで恋人に手料理をふるまっているかのようだ。
言わせんなこっちが恥ずかしい。

「だって、食べさせてるんだよ? 普通気付くよね」
「あいつの集中力すげぇからな」
「それでもさぁ……」
「まあ、あれだよ」

人嫌いの猫の両隣りには、包み込むようなあたたかさの笑顔。
リタがあのあたたかさが嫌いじゃないのを、何となく知っている。じゃなきゃ、ああはならない。
自分以外の人を感知するのは、体温。あいつは、きっとあの二人の体温に慣れたんだろう。そう。

「あの二人だからだろ」

それ以外に、ない。
カロルが何とも言えない表情になった。おお、悩め若人。そしてわかるようになれ。
プリンを一口。うん、うまい。さすが俺。
明日もまた見ることになるだろう光景を見ながら、今日も休憩時間は過ぎていく。















「おっさんがやっても気づかないじゃないかしらねー」
「黒焦げだよ絶対」
「その前に斬られるか串刺しになるかじゃねぇ?」
「ワン」
「えっ」


この本ほんとおもしろいわーもぐもぐ
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