大好きマスター



ご存知の通りスオムスは北欧の国である。
厳しい冬を越える民の過ごす地域である。
そのせいと言い切るのは些か語弊があるとは思うが、そこに住まう人々は暑さに弱かったりも、する。








みーんみんみんしゅおしゅおんみゃみゃみゃみゃみゃじーーーーーーーーーー。
扶桑の夏の代名詞と言えば、蝉の大合唱。それを聞いているだけで暑さ三割増しともいえる脅威の合唱である。
それがあまり聞こえることのない、遠く離れたここ欧州の国の夏は比較的過ごし易いのだろうか。
答えは否。
蝉の大合唱が聞こえないからと言って暑くないというわけもない。暑いのは暑いのである。
季節は真夏。
石造りの建物とはいえ、その日差しと熱風は容赦なく室温を上げていた。

「あぢぃ……」

ここに一人の軍人がいる。
白金の髪とアメジストを思わせる不思議な色合いをした瞳、整った顔。ベッド脇のハンガーに掛けられているのは空色の軍服。
ユーティライネン中尉。幾重もの攻撃を涼しい顔で回避するその戦闘姿を見た誰しもが感嘆の声を漏らす、奇跡のエース。
そのユーティライネン中尉は、ベッドの上で伸びていた。

「あっぢぃ……」

そこに戦闘中の涼しい顔などない。
インナー姿で寝転がるその姿を体現する言葉は、暑い。
白磁の肌は汗ばみ、髪が首筋に張り付いて何とも艶めかしい……ように見えるのだが口から出るのは若干潰れたような声だ。台無しである。
中尉は現在部屋にひとりである。
全開にした窓からは生ぬるいというよりもはや熱い風しか入ってこない。扶桑印の扇子が所在なさ気に枕元に放り出されていた。
この日、基地周辺の気温はここ一番の暑さを記録していた。気温となれば回避することは不可能。ただ耐え忍ぶしかない。
スオムス出身である中尉には、酷というものだろう。

「ああもおおおお」

しかし、中尉を悩ませているのは気温だけではなかった。
ぶはあ、と肺に溜まったぬるい空気を吐き出して、中尉は動く。

「暑い、邪魔」

自身の首元にくっついていた黒い毛皮を押しのけたのだ。
掌に押されてその肌から離れざるを得なくなった丸い毛皮がその形を崩す。
ぴこんと立った長めの耳。ぶわりと翻る先が白い尾っぽ。銀色混じりのアメジストの瞳。
起き上がり、身を震わせた毛皮、中尉の使い魔が首を傾げて主を見ていた。
毛皮が、しかも獣の体温を持った毛皮がぴったりと、それも首筋にくっついていればそれはそれは体感温度も上がるものだろう。
やっと離れた使い魔に、中尉はもう一度溜息をついて瞼を下ろす。
暑さから逃れようと眠りに落ちようというのだ。

「……邪魔だって、……だから邪魔、暑いんだよ、そっちで寝てろよ」

だがその瞼をすぐに上げざるを得なくなる。
頬を鼻先でつつかれて、見ればまた首元で丸まろうとする使い魔。それを掌で押し返し、指差すのはベッドの空いた場所。
使い魔の視線がそっちを向いたところでまた瞼を下ろす中尉。
が、また肩口に毛皮の感触。上げる瞼。丸まろうとする使い魔。

「そっちで、いやくんなって、そっち……枕やるから、そっちいけよ、こっちじゃなくて、っていうかくっつくな、擦り寄んな、そっち」

静かな攻防が続いた。
わざわざ少し場所を動いてやったり、枕を掴んでそこにやったり。
けれども首元で丸まろうとする使い魔。押しのけてもまた寄ってくる使い魔。
しばらくそんなやりとり。
顔をしかめて、首元で丸まるな暑い、そう言い放った中尉を見詰めた使い魔が、お座りから立ち上がる。
やっと理解したかと、改めて瞼を下ろした中尉は、息を吐きだした。
空気を溜めていた肺がしぼみ、その胸元が、軽く沈む。
しかし、それは息のせいだけではなかった。
中尉は瞼を上げる。
目の前に、というより眼下に。

「だからあああああああああああ暑いっつってんだろお前ええええええええええええええ」

胸元に乗っかって丸まる黒い毛皮が、いた。
堪らずわしっと使い魔の腋に手を入れて、というよりほぼ掴んで、中尉は嘆きに似た叫びを上げたのだった。
ぷらんとゆれる黒い毛皮は首を傾げて主を見ていた。解っている様子は、微塵もない。
中尉は少しだけ何だか悲しくなった。お前私の使い魔だろ。そう呟いていた。

「げっ、もう時間じゃん」

使い魔を掲げたまま時計を見れば、もう休憩は終わりである。
ぞんざいに放り投げられた使い魔は、獣らしい美しくしなやかな筋肉を以ってして危なげなく石材の床に着地する。
さっと汗を拭い、軍服をきっちり着こんでいく中尉。当たり前だが暑そうだ。

「はー、訓練終わったら水風呂だなー」

襟に指を掛けてそう言った中尉は、使い魔に視線を向ける。

「ほら、行くぞ」

薄く笑ってそう言い、背を向ける主の背を追って、使い魔も駆けた。
椅子に飛び乗り、その勢いのまま、跳ぶ。丁度良く飛翔の直線状に居るのは、主。
肩に着地してからは流れるような仕草だった。
後ろ首にお腹をくっつけ、四肢を前に投げ出すようにし、豊かな尻尾と頭で前に巻き付く。
そう、形容するならば、これしかないだろう。
マフラーである。どんな寒い日でもしっかりあたたかさを齎してくれるであろう、完璧なマフラーである。
だが、今は夏だ。ここ一番の暑さを記録している日だ。
こめかみから汗が滴り、中尉は、ぬるい空気を吸い込む。

「だぁかぁらぁあああああああああ暑いからやめろっつってんだろおおおおおお」

主の叫びに、使い魔の尻尾が緩く揺れた。



エイラさんが反応せずにぷいぷーいってしてると誰かんとこ行って「マスター構ってくんないんだけど!!」ってぷんすこする使い魔ってかわいくないですかね真顔

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