ドーベルマンと黒狐を利用する際の諸注意



第五○一統合戦闘航空団。
通称、ストライクウィッチーズ。
その基地を運営するにあたって、ブリタニアからの支援、その一つである市街地からの支給品は必要不可欠なのです。そしてそれを引き取りに向かうのも、任務の一種であるわけでして。
本日。
支給品の引き取り任務を受けたのはこちらの三人。
坂本少佐。イェーガー大尉。ユーティライネン少尉。
引率者。任務。いたずらした罰。
ちなみにこの三人が一緒にこの任務に就くのは初めてであり、さらに言うならエイラさんはこの任務事態初めてであり。

(支給品っておまけして貰えんのかなぁー)

行きのトラック内。この任務にあたり、そんなことをシャーリーさんが考えてしまったのも、初めてでした。






市街地からの支給品は生活用品と食材。
日々の生活を送る上で必要不可欠なものです。私用での買い物とは別に、支給される物資で基地の生活は成り立っています。
本日訪れた目的は食材関係中心。
市街の一角にトラックを止め、様々なお店の集まる建物に三人は入って行きました。
美緒さんが必要書類を確認している間、シャーリーさんは建物の休憩所のようなところで何となく考えます。

(店側の親切で、っていうのが重要だな)

納められた、ではなく、貰った、ものならば。
それは物資とは関係のない、単なるプレゼント。
お金も何も絡まない。クリーンなものです。・・・・・。ある特定を除けば、ですが。
シャーリーさんが動かす視線の先には、美緒さん。そして次にエイラさん。
書類を真剣な目で確認する人と、温度のない瞳で店内を見回す人。
二人の特性を考えて、作用を予想し、結果を確信。
浮かべたのは、超いい笑顔でした。
即、行動。

「おーい、少佐」
「ん? 何だシャーリー」
「あたしが積まれてく物資の確認するからさ、少佐たちは店の人に手続きしてきなよ」
「そうか?」
「えー? 私もやんのかよ」
「罰は受けないとな。それに早く帰りたいんだろ?」
「そーだけど……。あーもーめんどくせーな」

美緒さんは快諾。渋るエイラさんを説得。
役者は、揃いました。

「あとさ、二人にちょっとしたお願いがあるんだけども」
『ん?』

ちょいちょいと手招きされ、寄ってきた二人に耳打ち。
一分後。
ひらひらと手を振るシャーリーさんに背中を向ける二人。
これから始まる事が後に有名になることなんて、三人は知ったこっちゃありません。










青果店の受付にいた、店番の少女はそれはもう緊張していました。
軍用トラックが店の前に止まったと騒いでいると、入ってきたのは軍服を纏った人たち。
エンブレムが示すのは、あの501のウィッチたちだということ。
それに驚いていると、さらに彼女を驚かす事態が。

「野菜とか果物って、ここでいい?」

北欧出身と思わしき、白い肌、色素の薄い髪。彫刻のように整った、無表情。
ウィッチの一人が、こちらに向かってきたのです。
独特の抑揚のない言葉が、自分に向けられたものだと理解するまで十数秒を要したのは言うまでもありません。

「ここってさ」
「は、はい?」
「ブルーベリー、あんの?」

緊張の中、物資のリストを少女が確認している間、余所見をしながらウィッチがカウンターに頬杖を付き、投げかけてきたそんな声。

「あ、はい、取り扱ってます」
「ふぅん……」

聞いてきたのに、返ってきたのは興味のなさそうな返事。
肩すかしのような感覚に見舞われながら、少女がざっとリストを見ると、ブルーベリーの字はありません。

「……・。やっぱり、ウィッチの方々は視力に気をつけられているんですか?」
「そんなとこ」

逡巡の後、絞り出した言葉に返ってきたのも、そっけない声。
話したいのか話したくないのか、よくわからない。
そんなことを考えて困惑しながら、確認したリストにハンコを押して、新しい書類を手にしたところで、それは、始まったのです。

「なぁ」

視線を上げた少女を捉えたのは、深い蒼色。
掴みどころがないのに、何故か引き寄せられる瞳。
このウィッチが、意思を持って、少女に向けている視線。
それは、少女を固まらせるのに十分すぎることでした。

「前髪」

少女の鼓膜を叩く平坦な音。
それを認識するだけで精一杯。

「切んないの?」

少女の前髪は、目をすっかり隠すほど伸びていました。
指摘されたことに狼狽し、じっと向けられる視線に混乱し、何故だか動悸が激しくなる少女。
ウィッチはそれに気付いていないのか、それとも気付いていても気にしていないのか、変わらない平坦な声。

「目、悪くなるぞ」
「ぁ。いえ。あの、……」

ウィッチは知りません。知っているわけがないのです。
少女が恥ずかしがりやで、顔を隠しているということを。
少女が返事に窮していると。

「ッ!?」

そっと指先だけで触れられた、前髪。
除けられたそこから見えるのは、隠れた表情。
髪のレース越しではない、直視した、蒼色。

「勿体ねー」

何が勿体ないのか。
このウィッチが言っているその意味を理解しないほど、少女は鈍くはありません。
そっけない態度とは裏腹に、言外に含まれたその柔らかさと、暖かさ。

「笑えば完璧だ」

ウィッチが浮かべた、微かに口端を上げたその表情は、少女の脳裏にくっきりと焼き付けられました。










酒店の受付にいた、店番の少女は比較的落ち着いていました。
軍用トラックが店の前に止まったと騒いでいると、入ってきたのは軍服を纏った人たち。
エンブレムが示すのは、あの501のウィッチたちだということ。
ソレに驚きはしたものの、そのうちの一人がこちらに近づいてきてもうろたえはしませんでした。お酒を調達に来るのは何も一般のお客さんだけではありませんから。

「ワインの種類が多いな」
「はい、各種取り寄せております」

ここブリタニアでは珍しい黒髪。健康的な肌の色。どこか青空が似合う凛々しい容貌。
調理に必要な酒類を受け取りに来たというこのウィッチ。
少女が支給品の確認をしている間に見本品として並べられた棚の瓶を眺めながら、ウィッチはそうこぼします。ふむ、と一息。

「……、カールスラントの白ワインも、あるか?」
「扱っております」
「そうか……」

調理酒とはまた違うものの名を言ったはいいものの、どれかわからないらしく、さっぱりだなと苦笑したその姿を死角から窺っていた、正確には死角の原因である、その右目を覆うものを見ていた少女。

「ん?」

しかしその視線に気づいたのか、しまったと思ったのは目が合った直後で。
不躾に見ていた自覚がある少女は、気まずさを覚えながら頭を下げます。

「す、すみませんっ」
「ああ、構わない。珍しいだろう?」

慣れているのか、ただ気にしていないのか、ウィッチは軽く笑い飛ばしました。
こつこつと眼帯を指先でつつきます。

「扶桑人というだけで結構目立つのに、軍服に眼帯だからな」

異彩は目を引きます。
軍服。異国人。眼帯。様々な要素を持つこのウィッチにとってそれは日常であって、慣れずにはいられないものでした。

「それに、扶桑の者は瞳の色がこっちのように多彩ではないし珍しがられる」

眼帯に閉ざされていない左目が緩く笑います。
何かを思いだしたようで、照れを隠す冗談めいた言葉。

「ある人に、黒瑪瑙……オニキス、だったか? それみたいだと言われたことはあったが」

それは一瞬。
黒瑪瑙に映ったのは、少女の無防備な表情。

「私は」

少しだけ縮まったその距離。

「様々な色を見せてくれる瞳も、綺麗だと思う」

その、言葉。
少女を束縛するには十分すぎる要素。

「君は、青玉のようだな」

ウィッチが浮かべた屈託のない笑顔は、青玉に刻み込まれました。










その頃、店の前のトラックにて。
豊満な身体に明るい笑顔が似合う。澄んだ水色の瞳を持つウィッチが笑顔で頷いていました。

「いやー、大量大量」

次々と積み込まれていく物資。
そして、+α。
主に後者の量にウィッチは満足げでした。
積荷を運ぶ男性たちに陽気に声をかけています。

「お姉ちゃん、うぃっちなの?」
「ん? ああ、そうだよ」

そんなウィッチに声をかけたのは少女というよりは、小さな女の子でした。
膝を折って目線を合わせ、笑顔を向けると女の子は後ろに隠していたものを差し出します。

「これ、あげる!」

どうやら女の子はお菓子屋さんの娘だったらしく、その手には小さめなお菓子の詰め合わせ。
目を丸くしたウィッチ。

「いいのか?」
「うん!」

満面の笑顔に微笑み、ウィッチはそれを受け取ります。

「こら! 邪魔しちゃだめでしょ!」

そんな二人の元にやってきたのは、女の子とどこか似た少女。
どうやら姉妹らしく、女の子は少女に怒られると思ったのかウィッチの背中に隠れてしまいます。それに苦笑いするウィッチと、申し訳なさそうに眉を下げる少女。

「すみません、お仕事中に……」
「いーや、邪魔なんかされてないさ。むしろ激励されちゃった」

ぽん、と軽く女の子の頭を撫でて、ウィッチは笑います。
だから怒らないであげてくれないか、とその瞳が語っていることを少女は感じました。
朗らかに笑うその人は、501のウィッチ。ブリタニアに招集された、精鋭。

「あの、ブリタニアを……」

少女の口を付いて出たのは、そんな言葉の欠片。
はっとした時には遅く、また目を丸くしたウィッチ。
そのために来てくれたウィッチになんてことを言ってるの、なんて少女が顔を俯かせると、ぽん、と頭に暖かい感触。
視線を上げれば。

「守るさ。ブリタニアも、あんたたちもな」

真っ直ぐな、水色。

「任せとけって」

不安を吹き飛ばしてくれるような笑顔。
姉の顔が真っ赤に染まった理由がわからず、ウィッチの背中から妹が首を傾げていました。










その日。

店番をしていた少女たちは何かを盗まれてしまいます。

三人の乱狩りは、まだ始まったばかりなのです。










数時間後。

「何この量」
「お酒。フルーツ。お菓子。コーヒー。紅茶。燻製肉。野菜。……」

帰還したトラックから降ろされた物資。
待機していた隊員たちの目を引いたのは、支給品リストにはなかったものでした。
それも、大量の。
待機組の視線は、物資から任務組へ。

「それがさー」
「何かわかんないけど……」
「うむ、貰った」

笑う人。頭の後ろで手を組む人。腕を組む人。
三者三様。
視線は三人から、一人へ絞られます。

「…………、あれ、何であたし?」

真実を話せ。
全員の視線がそう語っています。
他の二人は、話を聞いても無駄、ってやつです。
しかしそこは解ってない人が一人はいるわけでして、たった今やってきた芳佳さんがめちゃくちゃ目を輝かせておまけでもらった食料品を見つつ言います。

「うわー! どうしたんですかこれ!」
「貰った」
「え!? こんなに!? 何したんですか!?」
「いや、ちょっと話しただけだし」
「私もだ」

首を傾げる例の二人。
しばらくすると。

「ああ、そういえば、名前聞かれたり……」
「また来てください、とか言われたな」

簡単に想像のつく、光景でした。
おそらく、また何かを気付かないままやらかしたのでしょう。
あははははーなんて乾いた笑いを浮かべていたシャーリーさんは見てしまいます。
とある二人から立ち上るオーラ。
狼と、黒猫が、とても、静かなオーラを発していました。

(やば……)

引き攣る笑いは、何に、誰に対してでしょうか。
シャーリーさんだけでなく、その場に居たほとんどが雰囲気の変化に気付いたのでしょう。オーラを立ち上らせる二人から距離を取ります。
シャーリーさんは小声で、原因の二人を小突きます。

「ちょ、少佐、エイラ、どうにかしろって……ッ!!」
「何をだ?」「何がだよ?」
「うわだめだこの二人!!」
『はあ?』

疑問符を浮かべる美緒さんとエイラさん。
無論この二人は雰囲気に気付いていません。
オーラを醸し出す二人と、ジゴロとタラシを除いた隊員たちの視線がビシバシとシャーリーさんに突き刺さります。
どうにかしろよ、これ。
シャーリーさんは天井を仰ぎました。
思うことはただ一つ。

(注意事項、忘れてたー……)

ドーベルマンを利用する際の諸注意。
その1。灰色狼に考慮すること。
黒狐を利用する際の諸注意。
その1。黒猫に考慮すること。
最重要な事項でした。

「シャーリー! サーニャがなんか怒ってんだけど!!」
「わかれよ!!」
「ふむ、シャーリー、ミーナが何故か目を合わせてくれないのだが」
「気付けよ!!」



注意事項を忘れると、日常生活に支障をきたします。

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