名門カールスラント



「寝るな」

短い声と共に後頭部に衝撃。舟をこぐ以外の意味で前に倒れた頭を戻しながら、軽く叩かれた場所を触る。本当は痛くなんてないけれど、顔を不満に染めたふりして隣を仰いだ。
予想通り、眉間に軽く力の入った茶髪の幼馴染。同じ色の制服、リボンの色だけ違う。一応、先輩。

「トゥルーデ。脳細胞死んじゃう。馬鹿になったらどうしてくれるの」
「大丈夫だ。これ以上馬鹿にはなれない、・・・・これ以下か?」
「よぉし、わかった。責任とってくれるんだね」
「なんでそうなる!!」
「電車で大声は駄目ですー」
「・・・・・・・・ハルトマン・・・ッ」

欠伸をしながら目を擦る。眠い。それなりの暖かさ。断続的な揺れ。そして朝から付いて離れない睡魔。毎朝妹や幼馴染に叩き起こされてやっと乗る電車は、まどろむのに最適。隣に居る人が、転んだりしないように心配してこうやって起こしてくれているというのを知っているけれど。そうされるのが嬉しくて毎日のように繰り返すこの日常。
お小言を言い始めるトゥルーデとは反対側の隣に立つ人の袖を引く。

「ミーナぁ、トゥルーデが可愛い後輩いじめるー」
「あら、だめよ。トゥルーデ」
「ミーナ、こいつがだな・・・ッ!」
「はいはい、可愛いフラウの頭は叩くより撫でてあげてね」
「誰が撫でるか!」

同じ制服を着て、トゥルーデと同じ色のリボン。赤髪の幼馴染。その掌が私の頭を、トゥルーデが叩いたところを撫でてくれる。フラウ、綺麗な金髪なんだから寝ぐせは直しましょうね。なんて言いながら、少しだけ跳ねたそこを撫でつけてくれている。
ミーナの手は優しい。トゥルーデとは違うベクトルの優しさ。私はその優しさも大好きなのだ。
反対側から、先ほど私が演じた不満気な雰囲気を、こちらは本当に発しているトゥルーデ。それは私に対してか、ミーナに対してか。まだ、わからない。ミーナが笑う。

「それに、フラウは頭いいでしょう?」
「語学は任せろー!」
「数学」

さすがミーナよくわかってる。勢いよく掲げた右手。背後からの声に固まる。
聞こえなかったふりをしよう。鞄を持った手も掲げる。

「語学は任せろー!」
「数学は?」
「・・・・・・」
「・・・・・・・」

さすがに振り向く。真顔のトゥルーデ。真顔の私。しばらくの沈黙。見詰めあう。目と目で語り合う。なんていっても内容はロマンチックなことじゃない。
数学はいいの。だめだ。私数字見ると眠くなる。この前赤点だったろう。他で点取ってるもん。そういう問題じゃない。
咎めるようなトゥルーデの視線。私はミーナの後ろに隠れた。ブレザーを握る。

「ミーナ!トゥルーデがいじめる!!」
「ハルトマン!すぐにミーナに助けを求めるな!!」

前と後ろで互いの主張を聞いたミーナが、笑う。

「二人とも、静かにね?」

その眼は。

「はーい・・・」
「すまない・・・」

笑っちゃいなかった。



同じ車両に乗っている乗客が視線を逸らす程度の支配力。

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