私立オラーシャ
改札を通りホームへと向かう。通勤の人とは違う路線。周りに居るのは制服を纏った人ばかり、ほとんどが学生。通学専用の路線と言ってもいいのかもしれない。
そんないつもの朝。仲のいい友人と一緒なわけでもない乗車駅。気に掛けてくれている先輩と一緒ではない乗車駅。私の家の最寄り駅。
<まもなく五番線に電車が参ります・・・>
私と同じ制服を着た人はいる。けれどどの人も違うクラスだったり、知らない先輩だったり。会話することもない、一人の待ち時間。
宿題の答え合わせ。授業の気だるさ。食堂のメニュー。補習の嘆き。放課後の楽しみ。周りから聞こえる会話は私にはほとんど関係がないBGM。関係あるものといえば構内の機械音声。
<黄色の線より・・・>
そんな数分の時間を経て、電車がやってくる。
私が立つのは高架階段から離れた、六車両目のドアの前。いつも、この場所。この車両。電車がホームに入ると同時に少し俯き、扉が目の前に止まるまで視線をあげない。ここで降りる人はほぼ居ない。空気が抜けるような音。開く扉。
<足元にお気をつけて・・・>
視線をあげる。
車内の込みようを確認しながら乗り込み、空いているところに落ち着く。黒、藍、スモークグレイ、ブラウン、青。様々な色の制服をさらに乗せて、電車はまた進む。
私が居るのは優先席付近。これから学校近くの駅まで、いつものように時間が過ぎるのを待つだけ。毎日のように繰り返す、電車の単調な振動と共に過ぎる時。それでもこの場でしか得られない時。
<この電車は・・・>
電車の揺れる響き。車掌のアナウンス。それに紛れる乗客の声。
色々な音が混じる中、私の鼓膜を打つのは、聴覚を占めるのは。
「どこ行くんだ?」
特徴のない、平坦なイントネーション。
感情を読みとることが難しい、言うならば色のない声。
「のった」
ドア付近、私の背後から聞こえる声。
車両内を見回した時に、空いている場所と共に探してしまう人。
「すごかったよなー」
青を基調にした制服。公立の、進学校だと知った。
たぶん、私より、先輩。
白金の髪。顔は、きちんと見たことはない。それも横顔がほとんど。ただ、とても整った顔をしている。隣に居る友達らしい人と話している時の屈託ない笑顔。一瞬だけ見えることがある、声と同じで色のない表情。
「あ、数学の小テストの範囲ってどこだっけ」
色々な人が乗る電車。様々な制服の学生。たくさんの人を見ているはずなのに、私を捉えて離さないのは、あの人だけ。どうしてか、わからないけれど。
「授業でやるじゃん」
電光掲示板を見るふりをして、後ろを一瞬窺い見る。
ほら、いる。
よかった。今日もこの車両。
最初は偶然。いつもは乗らない六両目。この車両。もう一度、会いたい。また乗った六両目。そうして、今。私は六両目にしか乗らない。
この時、ここでしか、会えない。
<次の停車駅は・・・>
がたごと揺れる電車。慣れた日常。短い時間。
やっぱり。どうしても。何故か。気になる、あの人。
特別な時間。