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彼女は特に疲れた様子も感動もないようで、渡された一位の旗に凭れ、ただ後続を眺めていた。
湧き上がる歓声。項垂れる嘆声。
周りの熱気に一人置いていかれたようなそんな色のない彼女。
五色に分けられた得点パネルに加点されていき、それにまた続く声。
彼女はさして興味も無さそうにそれを一瞥して、自軍で手を振るクラスメイトや知り合いの先輩や後輩に口端と片手をあげて応えた。
それが、やっと彼女に浮かんだ色。
次の競技の準備が始まり、役割は果たしたとばかりにトラックを離れる。
進む先は校舎が作りだす日陰。と、そこまで辿り着く前に、影から彼女に近づく少女。
遮るもののなくなった日差しが、少女の銀色を輝かす。
少し目を細めて、それでも微笑みを浮かべて、少女は彼女に駆け寄った。
その少女の姿を見て、彼女も口元を緩める。それは、さきほどとは違う彩り。


「エイラ、おめでとう」
「あー、ありがとう?」
「何で疑問形なの?」
「何となく・・・」


少女からスポーツドリンクとタオルを受け取り、彼女は妙な笑顔を浮かべた。
喜んでいいのか悩んだような、それでもその言葉を言われて素直に嬉しいという、そんな微妙な笑顔。
彼女にとって先ほどの勝利は特に気に留めることでもなく、ただの割り当てられた役目を遂行しただけにすぎなかった。
だから、一位という栄光に対する喜びは微塵もない。
スポーツドリンクに口を付ける彼女に、少女は微笑む。


「凄かったね」
「陸上部がいないからなー」
「それでも、速かったもの」


彼女の運動能力は高い。
それこそ、陸上という競技に秀でた生徒に引けを取らないくらいに。だからこそ、陸上部が参加していない先ほどの競技に負ける要因はなかったに等しい。
彼女にとって、それはほぼ確定した予測が未来になっただけ。
一位という事実に喜びこそないが、少女が喜んでいるみたいだということが彼女にとってとてもとても大切だった。
少女の賛辞に照れたのか、少し視線を逸らした彼女。
その頬の朱は代謝が上がったせいか、それとも。
そんな彼女を見ていた少女の様子が変わる。
少し表情が歪んだかと思えば、ゆっくりと傾く身体。


「サーニャ!」


そのままなら倒れていただろう少女の華奢な身体は、彼女の腕によって支えられ、事なきを得た。
強い日差しとこの暑さ、いきなり立ち上がったこと。軽い立ちくらみであろう。
自分に寄りかからせるように、少女を腕の中に抱えた彼女は、先ほどの表情はもうなく、どこか必死な、心配を形にした色。


「大丈夫か?保健室行くか?」
「大丈夫」
「でもっ」
「もう大丈夫だから」


ね。と微笑む少女に、せっかくの体育祭だからここで見ていたいの、という言葉を積み重ねられ、彼女は口を紡ぐしかなかった。
それでもどこか納得いかないようで、とても心配なようで、手にしていたスポーツドリンクを少女に渡す。


「とりあえず水分補給と」
「ん」


少女がそれを受け取り、口を付けたのを確認して。
彼女は少女がいた日陰を見て。


「あとは日陰に」


視線を戻し。
触れた体温と、少女の唇が触れているものを自覚して、固まった。
徐々に朱く、赤くなっていく彼女の顔。耳までその色が侵食した頃に。
あまりにも近いその距離と、伝染したような薄い桜色に頬を染めて。


「ありがとう、エイラ」


少女の言葉に、彼女は目元を覆って顔を逸らすほかなかった。















同時刻、体育館。
外とは比べ物にならないが、ここにも休憩や日差しを避けるために生徒たちが集まっていた。
開け放たれた窓や出入り口からグラウンドからの熱が伝わる。
通路として作られた上方にあるロフトも涼しいとは言い難く、そこにいる生徒はまばら。


「なにあれ」
「あっついねぇ」


見下ろしたグラウンドには熱狂ともいえる騒がしさ。
その一角に突如展開された何だかとっても温度の高そうな空間を眺める二人の生徒。


「ていうかあいつらはあの周りの様子に気づかないのか」
「気付くほど余裕ないんでしょ」


そっちの方が面白いけど。金髪の生徒が言う。
それもそうだな。橙色の髪の生徒も言う。
しゃがみこみ、転落防止用の手摺の隙間から、金髪の生徒の腕が伸びる。
指差し。


「ほら、ご覧なさいシャーリー」
「何でそんな口調なんだよ」
「気分」


立ったまま手摺に寄り掛かっている橙色の髪の生徒がその差す方向を見れば、数人の生徒。


「ちょっと離れたところでぐぎぎーってなってるのがにわかエイラファン、もしくはさーにゃんファン」
「にわか」
「そ。にわか」


あの周り。そう表現された一部を差した言葉。
スポーツドリンクやタオルを持った生徒までも居る。おそらく、それを渡そうと考えていたのだろう。実現することはなかったが。
伸びたままの指先が線を描く。


「さらにちょっと離れたところにいるのが訓練されたファン」
「訓練?」
「またの名をエイラーニャファンクラブ会員」
「えい・・・・・・・・・・・え、何?」


違う一部を指した言葉。
どこか微笑ましいものを見る様にあたたかい視線を送っている生徒たち。その表情に焦りや嫉妬は何もない。
理解が追い付かないのか橙色の髪の生徒の視線が、金髪の生徒と、差された一部の生徒を行き来する。
それを気にすることなく、さらに指先が線を描く。


「さらにもうちょっと離れたところに居るのが良く訓練されたエイラーニャファンクラブ会員」


さらに違う一部を指した言葉。
どこか微笑ましいものを見る視線は変わりないが、それなりに遠くを見ているような目をしている生徒たち。その表情は、喜。
橙色の髪の生徒は、沈黙した。
その青い瞳は、何かを悟ったような色だった。
金髪の生徒の腕がゆっくりと降りて、縦に並ぶ手摺を、顔の両脇近くで掴む。


「ちなみにエイラーニャファンクラブにはえいらにゃ派とさにゃいら派という派閥がありまして」
「派閥構成まであるのかよ」


うわあ。顔をしかめる橙色の髪の生徒。
金髪の生徒は真顔のまま、手摺に掴ったまま、腕を伸ばして隣に立つ人を見上げた。


「ちなみに愛されエーリカちゃんファンクラブには相手が違う派閥がいっぱいあります」
「マジか」


隣に座り笑顔を浮かべる人を見下ろし、橙色の髪の生徒はさらに顔をしかめた。
めんどくせぇ。そう顔に書いてあるようだ。


「派閥闘争まであるので私が特定の人と一緒に居ると派閥同士での戦いが・・・」
「何それこわい」


橙色の髪の生徒の背を、冗談抜きに冷たいものが走る。
それを無視して続く言葉。


「さらには特定の人には対立派閥会員から刺すような視線が・・・」
「何それちょうこわい」


口元を引きつらせて周りを気付かれないように窺う橙色の髪の生徒。
その様子を笑顔で見上げていた金髪の生徒は、再びグラウンドに視線を戻した。


「私個人としてはトゥルーデ派よりシャーリー派・・・」
「ぇ」


聞こえた言葉に、素の表情で金髪の生徒を見詰めた橙色の髪の生徒が口を開く前に、続いた言葉。


「より、愛しの妹とのW天使派を推奨」
「な、こ、っ、ナルシスト!!」
「シスコンと呼びたまえ!!」


言葉に詰まりながら橙色の髪の生徒が様々な感情を混ぜて言えば、返ってくるのは真摯な表情と声。
そのあと、にへ、と微笑まれて、気が抜ける。
橙色の髪の生徒が脱力すると共に、金髪の生徒の視線はまたグラウンドへ。


「ウルスラ可愛いよウルスラ」
「あの堅物と一緒じゃん」
「シスターシックじゃないもん」


溜息をついて、橙色の髪の生徒の視線もまた、グラウンドへ。
空気は、さきほどの一瞬の変化からまた元に戻る。


「陸上部エース殿の出場競技はなんだったっけ」
「騎馬戦」
「対戦相手可哀そう」
「何でだよ。そういうそっちは?」
「エーリカちゃんには応援合戦という華々しい舞台が待っているのです」
「あー、納得」
「魅せてくれる」
「はいはい、楽しみにしてるよ」


時計の針は、まだお昼前。
どちらもグラウンドから視線を逸らすことなく、会話は続く。


「で。午後競技出場なのに何でここにいるんだ?」
「シャーリーだってそうじゃん」
「あたしは、まあ、ほら、暇だったから」
「私もそんなとこ」


グラウンドからアナウンスが響く。
告げられた競技に記憶が呼び起こされ、それと同時に思い至り、橙色の髪の生徒が隣を盗み見れば。


「ふぅーん」
「何」


金髪の生徒の視線は、何かを追っていた。
その視線の先を確認して、橙色の髪の生徒が何かを含んだような声を出す。
二対の視線の先には、次の競技に参加する生徒たち。
次々とトラックに並んでいく。


「どうせぶっちぎりだろ」
「知ってるよ」
「わかってるのに見るのか」
「うん」


決してこっちに向かない視線。
橙色の髪の生徒は苦笑交じりの息を吐く。


「W天使推奨ねぇ」
「超推奨」


金髪の生徒の視線は、やはり何かを追っていた。


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