買い食い



「あ」
「ぁ」


重なった声は大きさは違えど異口同音。白い息とともに吐き出された声。
私は数歩先で固まってしまった子にどう声をかけようか考えあぐねて数秒。


「今、帰りか?」
「はい……」


物凄く当たり前のことを聞いてしまった。
夕方。所謂下校時間に制服着て住宅街近くに居るんだったらそりゃあもうそれ以外ないだろ私の馬鹿。
ほら見ろ会話が途切れちまったじゃないか。
コンビニを出たところでばったり会った、他校の生徒。ちょっとした縁があって知り合ったこの子は、あまり自分から口を開くタイプじゃない。
いや、知り合ったばかりだから、よく、わかんないけど。もしかしたら、親しい人には違うかもしれない。
どう見たって親しい人カテゴリじゃない私は、途切れてしまった会話を如何にか繋げたくて。じゃあまた。さようなら。そんな言葉で終わらせるのが嫌だったから。視線を彷徨わせて、手にぶら提げたビニール袋。
考えは一瞬で、ごそごそとそれを漁る。


「はい」
「え?」


律儀に立ち止まったままでいた子に、サーニャに、それを差し出す。


「あげる」


目を丸くしたサーニャ。
ほかほかふわふわ。湯気を立ち上らせる。肉まんを、半分。包装紙で包まれた、素手で持たなくてもいい方。


「え、でも……」
「あんまん派か? 肉まん嫌い?」
「いえ、そうじゃなくて」


肉嫌いだったらどうしよう。って差し出した後に思ったけど、どうも違うらしいし。戸惑ってるだけなのか。どちらにしても、微妙な居た堪れなさを感じながら、もう後に引けない私。
ん。ともうひと押し。


「いただき、ます」
「うん」


華奢な手が受け取ってくれたのを見て、とてもほっとした。
指先が少し触れて、何故か、拳を強く握った。肉まんの熱さのせいじゃ、たぶんない。
コンビニの軒先の、端っこ。
二人並んで、肉まんを食べる。窺えば、猫舌なのか、息を吹きかけていた。ああ、なんか、悪いことしたかも。でも、その姿も、小さく肉まんを頬張る姿も、どうしようもなく。その。うん。
湯気が顔にあたって、なんか熱い。
視線を、寒くなってきた空に向ける。


「買い食い、初めて?」
「校則で禁止されてますから」
「ぁー、なんか、ごめん」
「あっ、いえ、あの、大丈夫、です」


何かお嬢様学校っぽいもんなー、うちと違って。
いや、うちも禁止されてるかもしれないけど。いや、そんなの守るの難しいだろ。食べ盛りだぞ。
とっくに肉まんを食べ終わった私は、コーヒーのプルタブを上げて、傾ける。
大分冷めたのか、もくもくと肉まんを食べているサーニャを横目に見る。


「うまい?」
「はい」
「だろー。買い食いのが一番うまいかもなー」


少し緩んだ頬を見て、こっちも笑う。笑ってる顔の方が、やっぱり。うん。
それは、それとして。


「で。お前ら何してんだよ、さっさとこいよ」


サーニャの向こう側。コンビニの柱にトーテムポール。
先輩二人と、タメが一人。つい先ほどコンビニを出てきた三人はこっちを見るなり柱に隠れた。ていうかそれ隠れる気あんのかお前ら。
私のジト目と、気付いていなかったのか驚いたサーニャの視線を受けて、三人はこちらに近づいてくる。


「イッルの甘酸っぱい青春をお姉さんたちは見守ろうと思って」
「あまりに唐突のことで録画はしてない」
「しなくていい!!」


先輩二人のからかいに吠える。
おお怖いねー。肩を竦めるハッセと、ラプラ。


「ごめん、アレは私たちの先輩なんだ」
「そうなんですか……、あ、ニパさん」
「うん?」
「サーシャさんがお礼したいのに会ってくれない、って困ってました」
「ぁー」


タメの一人、サーニャと面識があるニパは、困ったように頬をかいていた。
おい、何だそれ、ていうか何勝手にサーニャと話してんだニパァ……!!
そんな負の感情を拭き飛ばすように私の肩に腕を回す先輩二人。うおお、ちょ、やめろ。


「えっ、何、ニパまで?」
「ガリア校の子はどうしたの」
「ジョゼは違うって言ってんだろ!」
「ジョゼって言うんだ」
「!?」


あー、墓穴掘ってる。相変わらず色々と災難だなニパ。
私からニパに詰め寄った笑顔と無表情。うわあ、めっちゃ楽しそうだ。
呆気にとられているサーニャと目が合う。気にしなくていい、そう込めて笑えば目元を緩めてくれた。
ああ。もう。うん。


「よし、イッル、サーニャちゃんを家までちゃんと送り届けなよ」
「え?」


振り向けば、ハッセが笑っている。ラプラが頷いている。ニパが疲れて項垂れている。
いや、いやいや。
今なんて言った。


「じゃあ、私たちは行くから」
「ちょ、ちょっと待てって! 何で!!」
「先輩命令」
「こういう時だけっ!」


サーニャが手に持っていた包装紙をいつのまにか受け取ったのか、ゴミ箱に捨てながら、三人は離れていく。
首だけ振り向いて、親指を立てられた。グッドラックって。いや、そうじゃなくて。


「ぁーーーーー……」


白い息が溶ける。
空になったコーヒー缶を握りしめて、投擲。ゴミ箱に、ガランと入ったそれを見て、一息。
彷徨わせた視線を、隣に居る、人へ。


「送っても、いい?」
「……はい、お願いします」


映る、はにかみ。
ぎゅっと、拳を握った。


inserted by FC2 system