ぱきり



サーニャが目覚めた時、一番最初に瞳に映ったのは空色のパーカーで、鼓膜を打ったのはぱきんという小さな音でした。
まだぼやけた思考と視界でゆるゆると枕から頭をもたげれば、やはり隣にはエイラがいて、いつものように古めかしい占いの本を読んでいました。
サーニャがエイラを見て、ほんの少しも経たないうちに、エイラはサーニャの方に視線を落としていました。

「起きたかー?」

そうして、いつものように平坦で、それでいて薄いカーテン越しの柔らかい光のようにあたたかな声が、サーニャに降り注がれます。
サーニャは枕に頭を再び乗せて、エイラを見上げていました。その瞳が少し細められたのは、明るさによるものか、それとも。
しばらくそうしてエイラを見詰めていたサーニャが、視線を動かします。その先、エイラが指先に持つもの。
エイラがその視線に気づいたのか、それを少し揺らして言いました。

「あ、リーネから貰ったんだよ」

細い棒状の焼き菓子に、チョコレートが塗装された、お菓子。
サーニャが先ほど聞いた音の、正体。

「サーニャも食べよう?」

ベッドの上。エイラの傍らに置かれたお皿の上にはまだお菓子がそれなりに残っていました。
その大部分が除けられているところを見ると、おそらくサーニャの分としてとっておくつもりだったのでしょう。
サーニャはそのお皿を見て、何度が瞬きをした後にまたエイラを見て、そうして、ゆっくりと瞼を下ろしました。
きょとんとしたものの、もう一度声をかけることはなく、サーニャがまた眠るようだと判断したエイラは、一度ふっと微かに、サーニャ以外が気付かないほど小さく頬を緩めて、また本に視線を戻しました。
サーニャが、また瞼を上げたことなんて気付かずに。
ぱきり。ぱきり。
紙を捲る音に混じって、焼き菓子が折られる音。
集中している時。それと同時に片手間にしていることには意識が向きにくいものです。それは例えば、お菓子の残り、だったり。
本の頁がだいぶ進んだ頃。
お菓子が乗っているお皿を見れば、残り、一本。
サーニャはそれがエイラの指先に掴まれるのをじぃっと見ていました。
ぱきり。ぱきり。
少しずつ。それが短くなっていくのを、じぃっと見詰めていました。
残りが、十センチにも満たなく経った頃でしょうか。
いきなり身体を起こしたサーニャに、エイラさんが目を見張り、首を傾げます。

「どうした?」

行儀がいいとは言えない、お菓子を咥えたまま問いかけます。
エイラの口元でかくかくと動くそのお菓子を、サーニャは見ていました。

「あっ、もしかしてこれ、食べたくなったか?」

はっとして、エイラがお皿を見れば、そこには白い陶器の色しかありません。
そこでやっと自分が全て平らげてしまったことに気付くのです。
少し青ざめて、慌てて振り返ったエイラ。

「ご、ごめん、またもらって」





ぱきり。





音が、妙に響いて聞こえました。
エイラが見たのは。
ほんの、すぐ、近く。目の前に、サーニャの顔。

「これで、いい」

ぽふり。
また、ベッドにおちるサーニャの華奢な身体。
もっと、もっと、さらに、短くなったお菓子が、エイラの口元に残されました。
徐々に、首からせり上がってきた紅色は、エイラの白い肌を徐々に染めていきます。
声にならない叫びを上げる人のの隣。
枕に顔を埋めたサーニャ。
眠ったように見えるその姿。
銀髪から覗き見る耳が、可愛らしく紅く染まっているのを、エイラは気付けませんでした。



技伝授元:とあるウルトラエース

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