七十二時間より少し前



※すごく中途半端だよ




その執務室を包むのは息苦しさを覚えるほどの静けさでした。
重苦しい空気を作り上げるのは、何も沈黙だけではありません。
重厚なデスクに手を組み、座するその人からの威圧も凄まじいものでした。
デスクの前。直立不動のまま、それを一身に受ける人には堪ったものではないでしょう。

「エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉」

普段美しい美声を響かせる音色が、今は厳かで冷たさを過分に含んだものとなり、室内に響きます。
逆光に陰ったその瞳に薄らと光が差し、その美貌故に、より緊張感を高めていました。

「先に行われた大気圏突入ネウロイ撃破任務における命令違反により、謹慎三日間と処します」

そこには、上官の顔と声しかありませんでした。
傍らに佇む扶桑の白い軍服を纏う武人もまた、ただ黙してその声を聞いていました。

「猛省し、務めるよう」
「っは! 了解いたしました!」

そして、こちらもまた普段なら聞くこともないような軍人然とした敬礼を返したのは、何度も勲章を飾った空色の軍服を纏ったトップエース。
革張りの椅子が短い軋みを上げ、第五〇一統合戦闘航空団隊長の視線はまた書類に落ちます。

「本日1200より謹慎開始とします。それまでに謹慎部屋に入室。が、現時刻より無為に他の隊員との接触を禁じます。また、衛生上のやむを得ない場合について移動付き添い、食事の運び出しは宮藤軍曹が行います。必要最低限の会話をし、私語は慎むように。質問は?」
「ありません!」

再び発された返事に、机に下ろされた書類。
組まれた手の奥、赤い瞳が下ろされます。

「結構。下がってよろしい」
「失礼いたします!」

逃げるように、なんてことはありません。
罰を下されながらも、退室する彼女の背中には後悔の念など、ましてや自らを恥じる気持ちなどどこにもないことを、二人は知っているのですから。















じっとりと湿った掌をドアノブから剥がして、扉に背を向け少し進んでしばらく。

「うへぇ……」

やっと気の抜けた声を出せたエイラさんは、廊下の先に小柄な扶桑人を見つけます。
彼女もこちらに気付いたのでしょう。芳佳さんは、こちらに向かって駆けてきました。

「エイラさんっ」
「おー、宮藤。待ってたのか? お前も暇だなー」

いつものように、へらりと笑うエイラさんに芳佳さんが窺う視線を向ければ、浮かぶ苦笑い。

「謹慎三日だってよ」
「わ、私も命令違反したのに!」
「お前のはいつものことだろ」
「ぅぐっ」

言葉に詰まる芳佳さんに、エイラさんはにやにやとした笑みから窓越しの空を見上げます。
瞼の裏に残る、光る粒子が空に溶けいる光景。

「なーんもしなくていい休みなんていつぶりだろうなー」
「休みって……」

エイラさんは呆れた声を背中に聞きながら、頭の後ろで手を組んで自室へと向かいます。
着替えなどを用意しなくてはならないのです。

「謹慎ですよ? 謹慎、わかってます?」
「わかってるよ。ま、お前は私の食事を恭しく運んで来てくれ」
「……エイラさんの嫌いなもの多めに入れておきますね」
「うわっ、お前嫌がらせの仕方が地味」
「エイラさんがそう言う風に言うから!」

むくれた芳佳さんとそんなやりとりをしながら、進む廊下。
私語を慎む。このくらいなら許してくれるとわかっています。
エイラさんが慎めと言われたのは、おそらく、特定の人物との会話。おそらく、他の隊員との接触と言うのも、それと同じ。

「サーニャは、どうしてる?」

エイラさんが、今までとは違う声色をしたのを芳佳さんも解っているのでしょう。
さっきまでの少しふざけた雰囲気が変わり、静かにたゆたう音。

「リーネちゃんが一緒に居てくれてます」
「そっか。疲れてるだろうから、気にしててやってくれよ」

エイラさんの声は、たった一つのことしか伝えていませんでした。
芳佳さんが引き結んだ口を開こうと顔を上げると、それを解っていたように陰る目の前。
少しだけ雑で、それでも痛くないように髪をかき混ぜる、掌。

「宮藤、ありがと、な」

見えたのは、今までにない、笑み。


















紙を走る羽ペンの音を聞きながら、壁に背を凭れていた武人が小さく呟きます。

「ミーナは甘いな」
「そうかしら?」

苦笑交じりの声に、同じく苦笑を以ってして返した彼女は、瞼を下ろして言いました。

「三日って、案外長いものよ」

その声は、誰に対してのものだったのでしょうか。






続かなかった



何が書きたかったって、さーにゃんが弱っていくところが(真顔

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