鈍感さんからお手紙ついた



丸みを帯びた可愛い文字。
それが記された手紙を受け取るエイラの表情が、あまり好きになれない。
定期的にミーナ隊長から受け取るそれを、エイラが大事に大事にいつも引き出しの中にしまっていることを知っている。
今日も届いたそれを読みながら、時に喜び、時に眉根を寄せ、時に頭を抱え、そして最後は必ず笑っていた。
他人の手紙を覗きこむなんてマナー違反はしたくない。
けれど、だけど、一度だけ盗み見てしまったそれは私が読める言語ではなくて、エイラが親しんだ言葉であって、読もうと思ってしまった罪悪感と、結局読むことの出来なかった不完全燃焼で、私の胸の内にあるもやもやしたものは余計に溜まっていく一方。
誰からの手紙かは知っている。
エルマさん。エルマ・レイヴォネンさん。エイラの、スオムスでの先輩。
彼女にエイラが懐いているのは見るも明らかで、知りたくなくても解ってしまう。

「エイラ」
「んあ?」

机にかじりついてペンを走らせていたエイラが顔を上げる。
エイラがどんなに一生懸命でも、私の声にちゃんと顔を上げてくるところが、少しだけ、自慢。
でもそんな自慢さえどうでもよくなるくらい、私はもやもやしている。

「手紙……」
「ん? おお、手紙書いてんだー」
「エルマさん?」
「そうだぞー」

笑顔のまま、エイラはペンで宙を描く。
何を書こうか思案しているのだろう。また白いレーンを走りだしたペン先を、楽しそうなエイラを見ながら、ふと零れてしまった本音の欠片。

「どんなこと、書いてるの?」
「えっ」

丸い紫苑がこちらを向いた。
しまった。なんて思ってももう遅い。口から零れた音はどうしたって拾って呑み込むことは出来ない。
だから、せめて、問いの答えを知りたいから。じっと見詰め返した。
ねえ。どんなことを書いてるの。
私と一緒に居るのに。私じゃない人と、遠く離れた所にいる人と、何を楽しそうにお話しているの。
口ごもったエイラは、視線を逸らして、小さく言う。

「な、悩み相談とか、色々……」

なやみそうだん。
唇がきゅっと引き結ばれる。
ない。
私は、エイラに、そんなこと、言ってもらったことが、ない。
ないのに。
エイラ。私には。何で。言ってくれないの。
私には言えないの。
私には、言うことじゃないの。
私じゃ。
だめなの。
お腹の奥が、ぐるぐるする。もやもやする。
息をついて出たのは、そのもやもやの霞み。

「エイラのばか」

言い放って、べッドに横になる。
背中を向けて。枕を抱きつぶして。ぎゅっと目を瞑って。

「さ、サーニャ?」

後ろで呼び声。
知らない。

「サーニャ、サーニャってば」

ペンを置く音。かさりと紙の音。ガタリと椅子の悲鳴。
慌てた足音。

「さぁにゃああああぁ」

今更こっちを見たって、知らないんだから。





















几帳面で、整った文字。
あの子の本当の姿を知っていると、少しだけ意外な筆跡。
歩いていた文字列が止まり、恐らく時を置いてから書いたであろうその続きは全速力で駆けていた。
何故か怒ってしまった。どうしよう。わからない。
泣きごとが連なっていて、可哀そうだけれど少し笑ってしまう。
がたりと音がして顔を上げれば、対面に腰を下ろしたビューリングさん。
紫煙は手元になく、頬杖をついて私を見て、机の上にあった封筒をちらりと見て。

「またこいつからか……」
「はいっ」

ため息混じりにそう言った。
封筒の差出人は私の後輩。
とってもやんちゃで、とっても優しい、自慢の後輩。

「こっちに居た頃は何でもないように色んな事を出来てた子なんですけど、あっちに行ってから、色々相談してくれるようになって……」

いつの間にかトップエースになっていた、何でもかんでもさらっとこなしてしまうような子。
そんな子から、こうやって悩み事を相談される。

「頼ってくれてるのが、凄く嬉しいんですっ」

こうやって少し笑ってしまいながらも読んで、一緒に悩んで、考えて。時間差はあるけれど、お話が出来る。
とっても、素敵なこと。
けど、悩み事も、相談事も、いーっつも同じことに関してなのが、ちょっとだけ寂しい気もするけれど。それ以上に嬉しい。
便箋の、最後に記された名前に指を滑らせて。

「いたっ」

不意に視界が少し陰り、走った軽い衝撃に瞬き。
そんなに痛くはなかったけれど、反射的にそう言ってしまって、瞬き。
異変を感じたおでこ。

「びゅーりんぐさん?」

伸ばしていた腕を引き戻している対面の人に、首を傾げる。
何でとかどうしてとか、色んな意味を込めて名を呼べば、席を立ってしまったその人。

「エルマ」
「はい」

煙草を手に、ビューリングさんはこちらを見ずに言った。

「コーヒーが飲みたい」
「へ?」

頭の周りにクエスチョンマークがすっごく浮かんでいるって、自覚があります。
他に何も言わずにテラスへと向かう黒い背中を視線で追う。
何て言いましたか。
こーひーがのみたい。

「……こーひー」

手紙を纏めて、丁寧にしまう。
よくわからないけれど、とりあえず。
コーヒーを淹れましょう。真鍮色のカップに、とっても苦い色のコーヒー。
ついでに、ひよこ柄のカップに、ココアを。
二つのカップを持って、テラスに行きましょう。
手紙の返事は、その後で。



えいらにゃからのびゅーえるとか、びゅーえるからのえいらにゃとか、すっげぇすきです

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