варенье



おやつを持ってきた、それだけだった。
それがスコーンだったことも。いつものようにジャムや紅茶も持ってきたことも。全部が全部、ありきたりなことだった。ただ、今日は。

「ぁ」

小さな声に振り向けば、椅子に座って、まだ寝惚け眼のサーニャが動きを止めていた。視線の先はスコーンを持った手。

「あー、ジャム多かったか?」

近づいて、事を把握する。
スコーンから零れおちたジャムが、それを持つサーニャの指まで伝っていた。どうやら私があらかじめ付けておいた量がいつもより多かったみたいだ。
視線を私に移したサーニャにごめんなと短く謝る。まだ眠気に溶けた翡翠。よくわかってないんだろうな、なんて思って。小さく頬が緩む。
ふと床を見れば、そこに苺色。ああ、こっちもか。サーニャの服に落ちなかったことに安堵しながら拭き取ろうと膝をつく。

目の前に差し出された、指先。

苺の、甘い匂い。
その匂いは、紛れもなく、白い指先に付いた艶めく赤から香ってきている。
それを凝視して、ゆっくりと、ぎしぎしと音が聞こえそうなほど固まった身体と、目を、その指の主に向ける。見上げた先には。

「エイラ」

こちらを見下ろす、サーニャ。
私と目が合うのを見計らったかのように名前を呼ばれた。その声は澄んでいて、その瞳は眠気に溶けてなんかいない。どうして。さっきまで。つい。さっきまでは。

「エイラ」

名前が呼ばれる。動けない。動いたらいけない気がしてならない。
まるで跪いたような体勢で、私はサーニャを見上げるしかない。その、妙に愉悦を含んだような声と、眠気以外に染まりかけている瞳を待つしかない。

「舐めて?」

たった一言。
サーニャが私に告げた一言。
お願い。違う。これは命令。拒否という選択肢どころか、選択権すら与えられていない。
目の前の指先が、少し、動く。
それだけで、口にしかけた抗議の声を潰される。見上げれば、サーニャが私を見下ろしている。エイラ。唇の動きだけで解る。私を急きたてる言葉だ。
逃げ場なんてない。
視界からサーニャの瞳を外して、意識を目の前の指先に。拳を作った片手を膝に、もう片方は、差し出された腕に、少しだけ触れて。


舌先に、甘さ。


痺れるような甘さ。錯覚だとわかっているのに。
俯いて、口を噤んで、その甘さを飲み下す様に喉を動かし、私はまたサーニャを見上げる。少しだけ微笑んでくれたことを、私は許可だと思ったんだ。だから。だから、名前を呼ぼうとして。

名を呼ぶために開いた口に、強烈な甘さ。

舌を、押しつけるように撫でられる。
人差し指。と。中指。
塗り込むように舌に移る、苺の甘さ。
呑み込めない。唾液と混じる甘さ。

「エイラのせいなんだから」

ぐにぐに、と。遊ぶように。
舌に、押しつけられる、指。

「ちゃんと、綺麗にして?」

見上げたサーニャは。
花が綻ぶ甘さを纏うような、微笑みを浮かべていた。


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