何故知っている



扶桑からの物資輸送というのは少なくはないのです。
扶桑の軍人が在籍し、なおかつその扶桑人が腕を振るう厨房を持つこの基地に置いて、扶桑独特の食材というものは重宝されます。
味噌や醤油といったものは他で代替が利きづらいのです。なので定期的に扶桑より空輸、もしくは船便で扶桑皇国印のものがドッグに運び込まれます。
その荷物は扶桑海軍からのものが多く、食材に混じって他のものが送られてくることも、少なくありません。

「シャーリー!」
「んあー?」

ドッグで暇を持て余していた子猫が、それを見つけました。
木箱の上に置いてあった服飾や置物の中に隠れた書籍。それを手にとって、ぶんぶんと振りながら掲げます。

「これ何かなぁ」
「扶桑の本か?」

子猫が慕う胸元に辿り着き、本を開けばそこには漢字の下に New Year holidays events of Fuso. の文字。
どうやら扶桑の正月行事に書かれたもののよう。

「……あー、何かいっぱいあるけど扶桑語でわかんねぇなー」
「でも、読み方書いてあるよ!」
「おお、えっと、HANETSUKI……ハネツキ……って何だ?」
「ふそーのって何か面白いから、これも面白いやつだよ!!」

きらきらの瞳に、笑顔以外のものを返せるわけがなかったのです。











誰が悪かったかって言えば、誰も悪くなかったのです。

何が悪かったかって言えば、何も悪くなかったのです。

強いて言うなら。

異文化コミュニケーションって難しいね、ってことなのです。

















「扶桑のオショーガツ行事をやってみよー!!」
「よー!!! ドンドンパフパフ!!」

つい先日ネウロイを撃墜し、次の出現予測までまだ日がある待機日。
定期報告後、読書をしたり談話をしたりと各々で過ごしつつもブリーフィングルームに集まっていた面々の前には輝く笑顔のシマパフコンビ。
テーブルに用意された、扶桑人以外に馴染みのない物。
わー、こんなのよくありましたねー。それを見詰める扶桑人の言葉通り、遠く離れた異国の地で見ることはないと思われていた物ばかりです。

「よくわかんねーけど必要な道具ってやつは扶桑海軍兵の全面協力により集めちゃいました!!」
「たー!!!」
「手に入らなかった物は手作りです!!」
「すー!!!」

何してんの扶桑海軍兵。そう言うなかれ。シャーロット大尉とフランチェスカ少尉の笑顔に首を横に振れるわけがないのです。
興味津津からとても面倒くさそうな顔まで、多種多様揃えた隊員たちの前。二十センチ四方で、一方に円形の穴が開いた箱を掲げるのはフランチェスカさん。
ぐるりと隊員たちを見回し、シャーロットさんは煌めく笑顔を浮かべて、とある人の肩を叩きます。

「じゃあエイラ、いってみよっか☆」
「何で私からなんだよ」

物凄く渋い顔をしたエイラさん。
端から胡散臭そうにしている人をトップバッターに選ぶのには、理由があります。
ぐっとサムズアップで、シャーロットさんは白い歯を見せました。

「いやー、ここで一発決めてくれるのがミラクルエースだろ?」
「意味わかんねーよ」

そう。ここで何かしらやらかしてくれるのが、エイラさんなのです。
それが良い意味に転ぶか、悪い意味転ぶかは、タロットカードの正位置と逆位置ばりに変わってきますが、それはそれで面白いのでしょう。
渋い顔をそのままに、それでもそれぞれの行事が記入されているクジが入っている箱に手を突っ込むエイラさん。
何だかんだで、ちゃんとやってくれる人です。
もちろん固有魔法なんて使いません。そもそもその名称の行事が何のことかわからないのでクジの中身が見えたとしても全く問題などないのです。
さして悩みもせず、適当に一つ引いたクジは即刻シャーロットさんの手元に収まります。

「では御開帳!!」
「ででん!!」

何気に皆の視線が集まる中、開かれるクジ。
記入された行事の名称が、高らかに宣言されます。



「「ヒメハジメ!!!!!!」」



沈黙がその場を制圧しました。
喧騒はその一言によって押し潰され、波の音だけ微かに聞こえる静寂。
肺に吸い込むことさえ困難と思えるほどに、一瞬で固形物となった空気。
シャーロットさんは、気付いています。
その雰囲気を作り出したのが数名の隊員たちであると、そして全く気付いていないのが数名の隊員たちであるということを。
自然、シャーロットさんの背中に流れる冷や汗。
何だ。どういうことだ。もしかしてこの行事はこの前少佐に教えてもらったNAMAHAGEの如く泣く子を喰らうような行事なのだろうか。デンジャラスかつバイオレンスなイベントなのだろうか。シャーロットさんの思考は駆け廻ります。

「芳佳ぁ、これどういう意味ー?」

なので、フランチェスカさんへの制止が出来なかったのも、責められないことでしょう。
無邪気に、真っ当な疑問を口にする少女に対して。

「え、えっと、……」

ひくりと頬が引きつった芳佳さんは。

「え、エイラさんは、サーニャちゃんにしてあげればいいんじゃないんですかね……」

こちらを向いたフランチェスカさんと、そして何よりエイラさんから視線を逸らしながら言いました。
何だそれは。約四割ほどの隊員の思考が合致していました。
そして残る六割ほどの隊員たちによる妙な雰囲気は続いたまま。
しばらくフランチェスカさんの質問と、芳佳さんの苦しい回避が続き、何事かを考えていたエイラさんがばっと顔を上げます。

「思い出した! ヒメって princess だろ? お姫様!! サーニャにぴったりじゃないか!!」

ぺかーっととっても嬉しそうな顔した、エイラさんがそこにはいました。
うわあ。みたいな顔をした芳佳さんに今度はエイラさんが詰め寄ります。

「宮藤、これってどういう行事なんだ?」
「ちょ、っと、もう、勘弁してくださいよっ」

両手を伸ばしてエイラさん、フランチェスカさんと距離を取る芳佳さん。
そして、それを期に場の空気が動きだします。


「えっ、あれ、り、リーネちゃん? あ、あの、あれ、何か凄い手の力強い、ちょ、り、リーネちゃぁん!?」


「ん? 何だ、おい、ハルトマン、何なんだ、おい、おいっ、おま、ちょ、こら、ハルトマン!?」


「お、どうした、何だミーナ、はっはっは、そんなに引っ張らなくてもついて行くぞ、どうしたんだ、ミーナ?」


今まで神妙な顔をしていた三人が、動き出したのです。
各々が、各々の隊員の手を引きブリーフィングルームから退場していきました。
その流れるような、あまりにも躊躇いのない行動に、残され隊員たちは成す術がなく見送ってしまいます。

「お、おい! 宮藤!! っていうかリーネ!? おいって!! お、おーい……」

辛うじて放ったエイラさんの声も無視される始末です。
芳佳さんの若干の涙目が、最後に廊下へと去っていきます。

「何なんだよ」

不貞腐れたように呟いたエイラさんの前に、青色。

「ツンツンメガネ?」

無表情とも取れる諦観した表情で、ペリーヌさんが差し出したのは一冊の本でした。
敬愛する少佐の出身国である扶桑を知ることはペリーヌさんにとってもはや当たり前のこと。

「〈よくわかる扶桑行事☆〉……? お前こんなん持ってんのかよ」

エイラさんが受け取ったそれを開けば、英訳された内容。
なるほど、これならば扶桑語に精通してなくともわかります。
ふっと憐れみさえ滲みかねない微かな笑みを浮かべたペリーヌさんに、エイラさんは何故だか言葉を返すことができませんでした。
そんなまたしても微妙な雰囲気の中、整備兵が一人、ブリーフィングルームへと現れます。

「クロステルマン中尉、ガリアより客人がお越しです」
「どなたかしら」
「プランシャール軍曹であります」
「アメリーさんが?」

予定などなかったのでしょう、怪訝な顔でブリーフィングルームを整備兵と共に去っていくペリーヌさん。
そうして、残されたのは、四人。
動き出したのは、ずっと頬を赤く染めて、ちらちらととある人を窺いながらも沈黙を守っていた人でした。

「サーニャ?」

未だ赤い頬のまま。エイラさんの隣までやってきたサーニャさんは、控え目に、空色の軍服の袖を引きます。
いつものように、どうしたと向けられるアメジスト。

「エイラ、それ、私に、してくれるの?」
「おお! 頑張るぞ!」

小さな吐息と共に発せられた問いに、エイラさんは満面の笑みで首肯しました。
して、しまいました。

「そ、ぅ……」

サーニャさんは俯き、その表情はわかりません。
詰まるような声は、この時のみでした。

「じゃあ、行きましょ」

次に発されたのははっきりした声だったのです。
袖を摘まんでいた手は、いつのまにかがっちりとエイラさんの手を握っていました。
行事がどんなことなのかについて頭がいっぱいなエイラさんが手繋ぎに動揺していないことすら考慮に入れたような、しっかりとした拘束でした。

「んぁ? 部屋か? 戻るのか?」
「うん」

どうして突然、とエイラさんは思いますが。

「ま、いっか」

サーニャが言うならそうしよう。といういつものエイラさん思考を展開。
その手に引かれながら、エイラさんは空いた片手で本を開きます。
慣れた手つきで頁をめくり、探すのは、先ほどの言葉。

「ひ、ひ、ひーめーはーじー……」

足を止めることなく、紙に並ぶ文字を巡り、行き着いた名称。
説明文をアメジストがなぞり。

「……ぇ」

加速的にその顔を赤に染め上げていきました。
見間違えかと二度読みして、濃くなる赤。もう一回読んで、広がる赤。
悲しいかな、こんな時でも引かれた手に従い、足は止まっていませんでした。












ブリーフィングルームに残されたシマパフコンビは揃って首を傾げていました。

「シャーリー、何で皆どっか行っちゃったの?」
「さあなー……何なんだ皆」

そんな二人の耳に届く音。

「ちょ、あの、さ、サーニャ、サーニャ、ちょっと待って、待って、待ってくださいっ、お願いしますっ」

ばん、と荒々しく本を閉じた音とほぼ同時に、切羽詰まった声が廊下の向こうから聞こえてきたのです。

「さ、サーニャああああ!?」

断末魔のようだったと、後にシャーロットさんは語ります。
その声の残響が消えるまで、廊下の方を見ていた二人ですが示し合わせたように顔を見合せます。

「よぉし、ルッキーニ! モチツキってのは教えてもらってたし、それやるか! 整備兵のやつらも誘おうぜ!!」
「やったー! モチツキ!!」

気にしないことにしたようです。



















後日。

「みぃやぁふぅじぃー!!!!!!」

真っ赤な顔のエイラさんがそこにはいました。

「扶桑ってやっぱ変な行事しかないじゃないかー!! 何なんだよアレ!!!」

詰め寄る先には、芳佳さん。

「す、すみませんでしたぁ……」

何故か、疲れた様子の芳佳さんに、わあわあ騒ぐエイラさん。
よくよく周りを観察すれば、芳佳さんと同じような状態の人が、一人、二人、そして、三人。
さらによくよく観察してみれば、どこか調子のよさそうな人が、一人、二人、三人、そして、四人。
それを見て、モチツキを満喫していた二人は、固唾をのみ込みます。
エイラさんが引き当てた、扶桑の行事。

「「どんな行事なんだ……」」

恐るべし、東洋の神秘。



各様子はどっかにある秘め録で☆

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