頑張れ女の子



その高低のない、何の感情もこもってない声。
そこにある確かなあたたかさを感じ取れないほど、私は貴女を見ていないわけじゃない。
水に垂らした絵具。じんわりと広がるようなあたたかさ。
頬を撫でてくれるのは私よりも低い体温。
けれど、誰よりも、何よりも、私にぬくもりをくれる温度。
この腕に抱きしめられたら、どれだけ幸せなんだろうって、何度も何度も思い浮かべて、それをしてくれないんだろうなぁ、って溜息。
なのに。
アメジスト。宝石みたいな綺麗な色が一対。私をじっと見ていた。
こんなこと、ないはずなのに、貴女がこんなこと、できないはずなのに。
融け入る、淡い、笑み。

「サーニャ」

ふわりと包まれた。
特別な、私を温めてくれる両手が、私を引き寄せて。その腕の中へ。
貴女の匂いが強くなる。私の鼓動が強くなる。
ぎゅって。
私が思い描いた通りに、抱きしめてくれる貴女。
その背に腕を回して、私も


















瞼をあげたらタオルケットが腕の中にあった。
悔しいくらいに貴女の匂いがする、タオルケット。
当たり前。だってここは貴女のベッド。
月明かりが格子型にベッドに落ちている。薄炭色の世界。まだ夜。
今日は夜間哨戒がなかった。だから不思議そうな貴女を無視してそのままこのベッドで眠りについた。
きょうだけだかんな。
魔法の言葉を聞いて、そのまま瞼を下ろした。
腕の中にはタオルケット。
そのタオルケット越しに、すっかり寝入る貴女。
ああ、もう、認めよう。

「ゆめ」

顔が熱い。
















下ろしていた瞼を上げた。
長い長い溜息といっしょに色んなものを吐きだして、もう一度タオルケット越しに貴女を見る。
彫刻のように整った、顔。
寝ているせいか余計に、人形めいた綺麗な顔だった。
横になったまま、じりじりと近づいて、睨む。

「どうせ、おきてるときは、してくれないんでしょう」

我ながらなんて愚痴だとは思ったけれど、だって、だってそうなんだもの。
不意に寝顔に色が灯る。

「さぁにゃあ」

へらりと緩んだ顔。
タオルケットに顔を半ば埋めて、貴女を見る。
何なの。そんな嬉しそうな顔するくらいなら、抱きしめてくれたって、いいじゃない。
私ばっかりこんなこと考えて、何だか、切ない。
私にだけ、触れてくれないんだもの。
何でなの。
私が貴女好みじゃないからなの。それとも違う理由なの。
どうだっていい。理由なんて知らない。
貴女に触れてもらいたいのに、何でダメなの。
目尻に涙が溜まりそうになる。寝起きは駄目。感情が制御できない。

「んぁ?」

涙が零れる寸前だった。
貴女の白い瞼が震えて、アメジストが見えた。

「ぁー……?」

しばらく天井を見ていたそれが、私の方へ向く。
身体を私の方に向けて、寝惚けた目が、私を見ていた。
夢がよぎる。どうせ、現実のこの人は、あんなこと出来ないのに。
そう、思って。

「さーにゃ?」

腕が伸びてきて。

「どしたー? 怖い夢でも見たかー?」

瞬きした次には、あたたかい何かに包まれていて。

「私が一緒に居るからだいじょーぶだぞー」

そんな言葉が頭の上から降ってきて。

「サーニャ」

柔らかく、名前を、呼ぶなんて。
目の前には貴女のパーカーがあって、背中には抱き寄せて、抱きしめてくれた腕があって、酷く安心する匂いが凄く凄く傍にあって。
貴女の声で、名前が呼ばれる。
どうして。
なんで。

「えっ」

こんなときにかぎって。
頭に落ちる声に構わず、回した手でその背中を叩いた。
力がうまく入らなくて、お腹の中がぐるぐるする。
もっとくっついて、さっきより強く叩いた。

「いたっ、ちょ、なに、サーニャ? サーニャ、サーニャってば」

叩く。
ぺし。ぺし。って絶対、あんまり、痛くないでしょ、反射的に痛いって言ってるだけでしょ、貴女にとったら、私のこんなの、全然何にも感じないんでしょ。
額を貴女の胸元に押し付けて、絶対顔なんて見ない。
声が直接振動で伝わる。

「なに、私、何かしちゃったか、えっ、さ、さーにゃ?」

段々寝惚けから戻ってきた声がする。
でも離してやらない。放してあげるもんか。
最後に一回叩いて。背中の、パーカーを固く握った。

「ご、ごめんよぉ」

撫でようか撫でまいか迷っている指先が、さっきから私の髪に触れているのを知っている。
まだ気付いていないのか、私が怒っていると思い込んでいることが優先されているのか、抱きしめてくれる片腕は緩まない。
もう、なんで。
こういうときだけ。

「ばか」

もっと頑張ってよ。



このヘタレをしょっぴけ。

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