ぼうかんぐ



冬の夜空が、サーニャは好きだ。
冷たい空気は澄んでいて、星がより一層綺麗に見えた。
夜間哨戒で、間近で見る満天の星空も好きだったが、夜間哨戒のない日、陸から見上げるところどころ雲に隠れた星空も好きであった。
それこそ、ふらりと外に出て時間を忘れて見上げてしまうくらいには。











「サーニャ!」

サーニャに時間を再び感じさせたのは、その呼び声だった。
は、と吐き出した息の色を見て、遅れて感じる寒さ。そう言えば、少し低い欄干に腰掛けた足元には少ないながらに雪。
声の方を振り向けば、瞼の裏に描いた人と違うことなく、白金と空色。

「こんなとこにいたのか、って、ああもうしかもそんな薄着で! 風邪ひいたらどうすんだ!」

湯気の上るカップを一つ持ち、こちらに向かってくるのはエイラ。
エイラはサーニャの、いつものモノトーンの軍服という姿を見て顔をしかめた。急いでやってきたのだろう、その吐き出す息の白が示す寒さは、コートなしでは流石に辛いものがある。現に、エイラもまた少し大きめのそれを着ていた。
欄干越しに向かいあい、エイラはカップをサーニャに差し出す。

「とりあえず、これ持って、ああぁあぁ、指先真っ白じゃないかぁ」

冷えた指先にじんわりと伝わる熱。くゆる湯気から香る甘い匂い。慣れ親しんだ、エイラが淹れるココアの匂いである。
サーニャはそのカップとエイラの慌て様に、頬を緩めた。

「な、何で笑ってんだよ……ほら戻ろう? 本当に風邪ひいちまう」

それに首を傾げながらも、エイラはサーニャを促す。
サーニャは首を振った。横に、だ。

「もう少し」
「だからぁ」

白い息が吐き出され、エイラが口を開く前に。

「だめ?」

上目遣いでそんな風にサーニャに言われたら。

「きょ、今日だけだかんな!」

もうこれ以外、エイラに言える言葉なんてなかった。
その頬は、寒さ以外の赤に染まっていた。










いつもの言葉を告げたにしろ、エイラはサーニャに一つだけ条件を出した。

「せめてコート着てくれ」

そう言って、自身が着ていたコートの釦に手をかける。
これを、サーニャに貸すということだろう。
しかしそれをサーニャが良しとするわけがない。

「それじゃ、エイラが」
「ずっとここにいたサーニャよりあったかい」

エイラが寒いでしょう。
その言葉を遮られて、こんな時だけ真っ直ぐ見詰めてくる瞳。

「でも」
「だめだ、着て」

こう言う時だけ、押しが強くて。

「だけど」
「着て」

サーニャのことしか、頭にない。
そんなエイラのことを一番よく知っているのは、サーニャであることも違いない。
むっと押し黙ったサーニャに、エイラは最後の釦を外してコートを脱ごうとしました。
しかし。

「じゃあ、こうしましょう?」

そんなエイラへの対応も心得ているのは、サーニャ以外にエイラを黙らせることが出来る人は、そうそういないのだ。
ふいに微笑んだサーニャに何だか嫌な予感を覚えたエイラは身体を引こうと思ったがもう遅い。

「動いちゃだめよ、エイラ」

細い指先にコートを少し掴まれただけで、逃げ道は完全に塞がれてしまう。
されるがまま、言われるがまま。
エイラは欄干のすぐ近くに立たされ、すっかり釦が外されたコートが開けられる。
先ほどと同じように欄干に腰を下ろしたサーニャが、背を倒し。その背を支えるのは、他でもない、エイラだった。

「ね? こうすれば、二人ともあったかい」

サーニャが振り仰いだ先。
真っ赤になったエイラが居た。
エイラのコートにすっぽりと収まったサーニャ。傍から見れば、エイラが後ろから抱きしめているようにさえ見える。
だが現実は悲しいかな、エイラの手は未だ身体の横で固まったままだ。
サーニャの手によってコートの前はまとめられている。
ぅ。ぁ。なんて断続的な唸りしか上げないエイラに少し溜息をついて、サーニャは前を向き、また星空を見上げた。
しばらく、ココアに口を付けながら星を見ていたサーニャだったが、ふと背中の雰囲気が変わったことに気付く。
ともすれば、コートが、自身で抑えていたよりしっかりと、サーニャを包んでいた。
さっきまで動かなかった人の手がポケットに差し込まれたまま、ぎゅっと、きちんと、包み込んでくれていた。
サーニャは振り仰ぐことはしない。そんなことをすれば、ある種とてもとても恥ずかしがりやで、ようやく勇気を振り絞ってくれた人が逃げてしまうことを知っているから。
だから、静かにカップに口を付ける。

「星、綺麗だなぁ」
「うん」

耳と、さきほどよりも背中に触れる感触から伝わる声に、頷きながら。
二人は、もうしばらく星空を見上げることにしたようだ。



この後もさーにゃんがコート着ずに星空見に行くに一万トント

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