頑張れ思春期



サウナや風呂で見慣れてる。
正直そう思っていた、見ないようにしていても、どうしても見てしまうから。
けど違った。
そんなもんじゃなかった。
白磁に広がる色は、朱色。翡翠が溶け入る瞳。火傷しそうな吐息。
じりじり焦がされるみたいだ。追い立てられる。早く。早く。もっと。もっと。
触れていたい。
滑らかな肌も、呼吸も、声も、想いも、何もかも。
見上げてくる視線に引き寄せられる、伸ばしてくる腕に絡め捕られる。
熱に浮かされた声。聞いたことのない音。
蕩けた表情で、紅い舌が覗く口から。

「エイラ」

私の名前g












見上げた天井。
海鳥の鳴き声。
朝日。
がっつり開いた瞼。
止まらない動悸。
身体を起こして。
部屋を見回して。
モノトーンの軍服が列を成して放り出されていて。
隣を見て。

「……ん」

吐息なんか漏らされちゃって。
あー。
ああ。
うん。
そっか。
夢か。












全速力で突っ走れ。蒼空の下一直線。

「ぅあああああああああああああああああああああーーーーーー!!!!」




ドバシャーン!!!



「きゃああああ!! エイラさん!?」
「さ、坂本さあん!! エイラさんが海に飛び込みましたあ!!!!」
「はっはっは!! 訓練か!! いいことだ!!!」
「「ええええええええええ!?」」

冷えろ私。

















肺活量の限界まで海に浸かってから数十分。
ずぶ濡れのまま隊舎を歩く。
堅物に見つかったら怒られそうだけど気にしない。
パーカーがひっついて気持ち悪いだなんて思わない。

「サーニャをそんな目で見ちゃだめだサーニャをそんな目で見ちゃだめだサーニャをそんな目で見ちゃだめだ」

もうそれしか考えられない。
何だ。
何であんな夢見たんだ。
いや見てない。見てないぞ。サーニャをそんな目で見るわけないじゃないか。
違うんだ。違うったら違うんだぞ。
だから。ちょっとした間違いで。
いや違うくはないけど。
違うっつってんだろ!!!
近くの扉に頭を打ち付ける。ゴツン。いい音だ。痛い。
星と共に一瞬瞬く映像。
白い肌に咲く花弁。
ああああああ!!!!!

「見てない見てないんだって見てない見てない見ちゃだめだだめだだめだ違うってだから違う」

ごりごりと頭を扉に擦りつける。
思い出さないようにすればするほど再生される夢の映像。
妙に生々しかった分、余計に酷い。おいこら私の脳みそ、グッジョブ。違うそうじゃない馬鹿あああああああああああ!!!!!!

「見てないんだ!!!!!!!!!!」
「何を?」

びしりと固まった。
扉の木目を凝視する。良い木を使ってるな。うん。ところで今何か聞こえなかったか。

「海に入ったの?」

この誰にだって真似できない綺麗な音色を私はよく知っている。
近くに寄ってくる小さな足音もよく知っている。
一番知っていると自負している。

「エイラ?」

ごり、と頭を扉に擦りつけて、睨んだ先の床。
見知った小さな爪先。ああそういえばもうすぐ爪切ってやんなきゃなーなんて思いながら冷や汗が止まらない。
ああもう髪もパーカーも水吸っちまってるもんな。見ればわかるもんな。
ていうか起きるのいつもより早くありません?

「さ、ぁにゃ?」
「どうしたの、エイラ」
「お、おはよう? 早くないか?」
「おはよう。起きたらエイラ、居ないんだもの」

理由になってなくないか。私が居なくったって寝れるだろ。
何だ。これはある種の問いかけか。もしかして夢の内容がばれたのか。
いや。いや。
そんなことはない。
エイラこそ、どうしたの。
重なる問いかけ。
引きつる口元。言えるわけがない。

「お、お風呂行こうかなーって、思って」
「そう」

グッジョブ。
ナイスだ私。これ以上ないくらいの切り返しだった。
海に入ってびしょ濡れだから風呂に行く。パーフェクトな回答だ。不自然な点なんてどこにもありはしない。
何にかわからないけど褒めてほしい気分だ。

「私も一緒にいってもいい?」

えっ。
思わず顔を上げてしまった。
サーニャを見てしまった。
黒いパーカー。もともと私のだったもの。
だからサーニャには少し大きい。どのくらい大きいかってい言うと、細い首筋だとか、白い鎖骨だとか、見えr

「さっとシャワー浴びるだけだから!!!」

本日二回目の全力疾走。
向かうは風呂。
冷水シャワーな!!!















ちょっとは残っていた冷静な頭で一度戻った部屋から引っ掴んできた替えのパーカーに袖を通す。
でかいバスタオルを頭に被って、白に覆われた視界。

「ふっ、ふふふっ」

渇いた笑いが漏れた。
そう、逃げた場所がダメだったんだ。
風呂場。
思い出すなって方が無理だった。

「サーニャをそんな目で見ちゃだめだサーニャをそんな目で見ちゃだめだサーニャをそんな目で見ちゃだめだ」

白百合。リーリヤ。
宵闇の妖精。
純真無垢な彼女をそんな目で見ていいわけがない。
あんなに純粋な彼女にそんな視線を向けて良いわけあるか。
ちくしょう。
私の馬鹿。

「もう上がったの?」

私一人で入るって言ったよな。
いや、言ってはいないかもしれないけれどそれに似たニュアンスだったよな。
伝わらなかったのか。言葉って難しいな。
硬直した私に近づく足音。
白い視界が、白くて華奢な指に引き上げられる。

「エイラ、ちゃんと拭かないと風邪ひくわ」

柔らかく、痛めないように。
バスタオルで、髪を拭いてくれる彼女。
ああ本当に優しいな。これ以上優しい子なんて居るわけないな。
サーニャは本当に優しい子だ。
ていうか。それはいいとして。

「エイラ?」

近くないですか。
タオルで拭くのってそんな近くないといけませんか。
身長差があるっつっても、腕もうちょっと伸びますよね。
近いよな。
近い。近いって。いや、だから、近ぁ!!!
睫の一本一本まで観察できる距離。
ていうか、あとちょっとで、キs

「用事思い出したァーーー!!!」

再度逃亡。
何かもう逆に泣きそう。



















「サーニャをそんな目で見ちゃだめだサーニャをそんな目で見ちゃだめだサーニャをそんな目で見ちゃだめだ」

部屋に戻ってきて、まだ放り出されたままの軍服を無意識に畳んでいた。
最後にネクタイを畳んでいたところで何に触れているか気付いて叫んでしまった。
もうベッドで頭を抱えて蹲るしかない。
マインドコントロールって大事だ。
さっきから映像が流れてしかたない。ぶちぶち途切れて断続的に強烈に。
違う。
違うって。
そんな目で見てないって。
それはない。ないぞ。落ち着けエイラ・イルマタル・ユーティライネン。
がちゃりと、唐突に扉が音を立てる。

「戻ってきてたの?」

あれ。
ここ私の部屋だよな。
いやいいけどな、サーニャが来るのは良いけど、良いんだけど。
どうしてこのタイミングなのかと。

「用事、もういいの?」

ベッドの、シーツを、睨みつけて。
そのシーツに、黒いパーカーが放り投げられた。
ああ、そうだよなぁ。
サーニャ、寝る時はインナーの方が多いもんなぁ。
ぎしり。ベッドが音を上げる。お前そんなんで音上げんなよ。サーニャは羽みたいに軽いんだぞ。
この前抱き上げた時だってぇあああああああああああああああああ思い出すな私いいいいいいいいいいいい!!!!

「エイラ、ちゃんと暖まったの?」

記憶の姿に重なる様に、現実のサーニャが私の前に。
白磁。翡翠。心地いい声。
腕が伸ばされて、私の頬に触れる。
あたたかい、掌。

「もう、だめだ」

限界だった。
キャパオーバーだ。
脳が煙を吐き出して爆発だ。
サーニャの肩の弱く、だけれどしっかり触れる。

「サーニャ」
「え、エイラ?」

夢が気になって仕方のないならば、上書きしてしまおう。

「おやすみ」
「えっ」

そうだ、夢を見直そう。
私は意識を手放した。















「エイラ、気絶みたいに寝ちゃったんです……」
「あちゃー、あのヘタレこれでもダメかぁ」



予知夢の可能性が微レ存

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