脈拍



健康を維持するのも私たちの大切な仕事。
普段から気を付けていなければいけないし、何かあった場合は出来るだけ早く回復するように努めなければいけない。
なんて、昼間はいつも眠気を纏っていて、健康そうとは離れたイメージの私が言っても、笑われるかもしれないけれど。
定期的な健診ではもっと食べなさいなんて言われたりはする、でも大事には至っていない。
いつものお茶の時間。たまたまその話になって、じゃあ、と治癒魔法を持つあの子が簡単な健康チェックを教えてくれることになった。






「脈拍を軽く見ちゃいけません。色んな病気の兆候だとか、そういうのがわかる時もあるんです」

ぴっと人差し指をたてて、どこか得意そうに、でも真剣な説明が一通り終って、とっても真面目に聞いていたリーネさんに、実際にやってみた方が解りやすいから、と自分の腕を差し出して芳佳ちゃんはにこりと笑った。
そうして、手首を確かめるように触ったリーネさん。

「あ、わかった」

目的の鼓動を感じてふわりと嬉しそうに頬を緩める姿を、私はぬるめの温度の紅茶を口にしながら見ていた。
猫舌の私には、丁度いいあたたかさ。何も言っていないのに、リーネさんはこういうところにも気付いてくれる。
きっと、この温度で一番おいしくなる様に入れてくれているんだと思う。リーネさんは、そういう人。とても、優しい人。

「でね、脈拍は自分の普通にしてる時の状態を覚えておくと、変化があった時に身体の不調の知らせになる時があるの」
「そっか、じゃあ今の状態を覚えておけばいいんだね」
「うん。他の人のも覚えておけば、ちゃんとその人の状態もわかるんだよ」

指先に感じるリズムを、リーネさんは瞼を下ろして一生懸命覚えていた。だって、そのリズムは芳佳ちゃんのものだから。
しばらくして、小さく頷いたリーネさんが手を離す。その微笑みは、たぶん、ちゃんと憶えられたから。忘れないところに、しっかりと。
それに気付いているのかいないのか、芳佳ちゃんは少し悩んで、私の、隣を見た。

「私のばっかりじゃ比較できないしさ、エイラさんのも取ってみるといいかも」
「あ。え、っと、……」
「んあ? いいけど」

真っ直ぐな視線と伺うような視線。お茶受けのクッキーに意識を向けていたエイラは、躊躇うことなく腕を差し出した。
口を引き結んで意を決したようなリーネさんが手首にゆっくり触れたのにも特に気にすることなく、エイラはまたひとつクッキーを摘まんでいた。
リーネさんの眉根が、少し寄る。

「……、え、エイラさんの脈、解りにくい」
「んー? そうかー?」

じっと手首を見詰めて、指を当てる位置を変えたりしているリーネさん。
その言葉に、芳佳ちゃんがエイラを何とも言えない目で見る。

「あー、いるんですよね、脈取りづらい人」
「何だよ宮藤、その含みがある言い方は」
「あっ、いいえ! 何も!」
「あ、ありました! 動いてます!」
「動いてなかったら大変だろ」

芳佳ちゃんにジト目を送っていたエイラは、リーネさんの言葉に苦笑いを浮かべた。
テーブルをはさんで、身を乗り出した芳佳ちゃんもエイラの手首を触って、数秒。

「うわ、わかりにくい」
「うっせ」

ぽろりと出た感想にエイラは不貞腐れた顔。
ところでさっきの含みはなんだなんて問い詰めているエイラと、慌てる芳佳ちゃんと、苦笑いしているリーネさんを、見る。わかりにくいからと言ってどうというわけでもないのに。ぼんやりとそんなことを考えていると芳佳ちゃんと目が合った。

「ほ、ほら、サーニャちゃんも触ってみなよ!」

ぐいっと差し出されたのは、見慣れた手。
芳佳ちゃんによって強制的に差し出された、エイラの手。
丸い目をしたエイラを一瞬だけ見て、私はその手首に触れた。
とくん。

「……」
「わかりにくいでしょ?」

同意を求める声に、私は首を振る。
とくん。

「ううん。すぐわかる」
「え?」

とくん。

「とくとく、って、動いてるもの。すぐわかるけど……」

指先に触れるリズムは、私に届いている。
わかりにくくなんてない。首を傾げる私に、同じく首を傾げた芳佳ちゃんとリーネさんが、私の隣を見た。私もつられて、隣を見る。

「あー、血圧あがっちゃいましたかー」
「ううううるさい! こっち見んな!」

そこには、頬が色付いたエイラ。
しどろもどろになりながら、私を見て、芳佳ちゃんを睨んで、リーネさんを見て、また私を見て、エイラはもごもごと口ごもる。

「あ、あの、サーニャ、もういいだろ?」
「よくない」
「ぇ」

私も、これを憶えていたいから。
とくん。
とくん。
とくん。
頬は、彩られたまま。
指先には、エイラのリズム。
他の人にはわかりにくくて、私だけがわかる、心の動き。


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