たぶんトントは見ていた
待機命令中の、食堂。
小鳥の囀りと海鳥の鳴き声が緩やかに届くそんな昼下がり。
食堂に居合わせた隊員たちの手には、それぞれお好みの飲みもの。
そんなティータイムに、空をぼーっと眺めていた金色の頭が、ふっと室内に真顔を向けました。
それを見てとった他の隊員たちの視線が集中し、果たして発されたのは。
「最近さぁ、あの二人、一緒にサウナ入ってないよね」
「「「「え」」」」
唐突過ぎる議題でした。
「チキチキ! 早押しクイズ!!」
テーブルに着席を余儀なくされた隊員内四人。その視線の先には同じく席に着いた金色の頭。
その金色の頭、エーリカさんはとある堅物大尉が見れば怒られそうなほどどばんと机を叩いて高らかに言い放ちます。
「二人がサウナに入らない理由は何でしょう!!」
二人。そう称されているのは隊でもサウナを好む北欧出身のあの二人であり、論議はクイズ形式のようです。よくわからないスタイルです。
しかしこのノリに何の違和感もなくのってくれる人ももちろんいるわけで。
「ピンポン!!」
「はい早かったシャーロット君!!」
わざわざそこにスイッチあると見立てたのであろう机をぱしんと叩いて、効果音はセルフで、シャーロットさんが名乗りをあげました。
エーリカさんのビシィッと向けられた掌を合図に、高らかに解答。
「喧嘩した!」
喧嘩。最も頷けるものでした。
が。
周りの隊員たちの顔が語るのは、否定。
「むしろ最近逆じゃない?」
「ですよね」
首を傾げられて、笑うシャーロットさん。
隊員たちが思い浮かべたのはここ数日のエイラさんとサーニャさんの姿。
目が合えばはにかんで、ゆっくりと会話を繋げるその様は、穏やかそのもの。ちょっと砂を吐きそうになるほど。
そうなのです。ここ最近の二人は、今まで以上に、仲がよろしく見えました。
そうして促される次の解答。
「ピンポン!!」
「はい芳佳君!!」
シャーロットさんをならって、机を叩いた芳佳さん。
掌を合図に、高らかに。
「体調が優れn……やっぱりいいです」
解答しようとして、しぼんでいきました。
これはしかたありません。
「どっちかが体調悪かったらわかるでしょ、サーニャの場合エイラうるさいし」
「ですよね」
ため息にも似た言葉に、苦笑いの芳佳さん。
もっとわかりやすい反応が見られるはずなのに、それがないのですから。
特にサーニャさんが体調を崩した時などはエイラさんの反応は著しいものです。
そして被害に遭うのはだいたい芳佳さんでした。
さらに促される解答。
「ピンポン!!」
「はいフランチェスカ君!!」
両手で机を叩いてフランチェスカさん。
掌に向かって満面の笑顔で言った解答。
「サウナ嫌いになったー!」
「「「「それはないかな」」」」
「だよねー……」
異口同音にしおれていくフランチェスカさん。
即不正解を下されるものでした。
二人のために設置されたと言っても過言ではないサウナ。
それを嫌うなど、ありえないことなのです。
こほん。咳払いを一つ。
流れを戻そうと促され。
「ピンポン!!」
「はい再びシャーロット君!!」
今度こそ自信満々のシャーロットさんです。
握り拳で声を張り、渾身の解答。
「肌を見られたくない理由がある!!」
それに対して訪れたのは、沈黙でした。
とても長い沈黙でした。
皆が皆、その解答の意味を考えているのでしょう。つまり、それは、何なのか。
一人は真顔で思考に潜り。一人は首を傾げて眉を寄せ。一人は怪我を考え。一人は俯いて耳を染めて。
それはニヤニヤしながらシャーロットさんは見ていました。明らかに確信犯です。
で。
「いやいやいや、お風呂には二人で入ってんじゃん。私たちも一緒の時もあるし」
「ですよね!!」
はっと気付いたエーリカさんの言葉に笑顔のシャーロットさん。
あー、そっかー。なんて思っている他の隊員たちと、何だか自分の考えにもっと縮こまってしまう隊員。
何を考えたんでしょうね。
そして後者が何とか気を持ち直そうとそっと机に触れます。
「ぴ、ぴんぽん」
「元気がない! もう一度!!」
厳しいです。
引かない赤を頬に乗せたまま、ぺふんと机を叩き。
「っ、ぴんぽん!」
「はいリネット君!!」
リネットさんはやっと解答権を得ました。
おずおずと、口に出されるそれは。
「あの、サウナ自体に何かあるんじゃないんですか?」
今までの答えとは見方の違うものでした。
首を傾げる皆に、少しだけ身を竦ませるリネットさん。
「何かって?」
「それは、わからないですけど……」
「一人の時は入ってるよねぇ」
「あ、私この前エイラさんがサウナで頭抱えて唸ってるの見ました」
「何してんのあいつ」
結局。
ぐだぐだと論議の様な雑談を続けて、これだという解答は挙げられませんでした。
そうしてその場は解散し、議論自体もうやむやに。
しかし、一人だけ、解答に近いものを見出している人物がいました。
独り言。ある推測。
「そうだよねー、例えば」
サウナで何かあったとか。
「は?」
「だから、サウナ一緒に行こうぜ!」
扉を開けて、笑顔の金髪。
未来予知を使うまでもありません。
エイラさんの本能が告げます。何かある。危険だ。逃げろ。
嫌そうに歪められた表情にも、エーリカさんはどこ吹く風。
「何で」
「親睦を深めようよぅ」
笑顔。
胡散臭ぇ。そうは思っていても、引き摺られていってしまうエイラさんは、それだからこそエイラさんなのでしょう。
だらだらと進んだ先は脱衣場。
その時にはエイラさんも、こいつと一緒にサウナでもたまにはいいかー、なんて考えてすらいたのです。
そう、その場に銀色を見つけるまでは。
そして相手もまた、白金を見つけるまでは。
エーリカさんは言います。
「あ、さーにゃんも誘ってあるから。ほいで、エイラも誘ったから」
「「え」」
エイラさんにサーニャさんを示して、サーニャさんにエイラさんを示して。
目を丸くして固まる二人の間に立って、にっこり、笑います。
「さ、一緒に、サウナ入ろうか」
計画犯です。
限界を迎えたのはやっぱりこの人。
「ああああああああああわたしくんれんにつきあうよていだったんだそれじゃあなッ!!!!」
物凄い勢いで脱衣場から消えた白金。
一瞬で消えた後ろ姿に、エーリカさんはぽかんと呟きます。
「足速ぇー……」
恐らく自己最速でしょう。
しかしエイラさんが去っていった方向を見ているのも数秒。
「じゃ、さーにゃん、入ろー」
くるりと振り返ったエーリカさんの笑顔は、サーニャさんに逃げるという選択肢を与えられませんでした。
とはいうものの、十二時間も会話を続けられるくらいに仲の良い二人です。
サウナに入って数分。どこか緊張していたサーニャさんも、いつもと変わらない会話に、すっかり肩の力を抜いていたのです。、
「ね、さーにゃん」
それを、元よりこんな面白そうなことを、エーリカさんが逃すわけがないわけですが。
翡翠に移るのはにんまり顔。
ここでさぁ。
エーリカさんの問い。
「ちゅーでもした?」
答えは、瞬間沸騰。