おやすみなさい



ガラス越しの空は軍服の色。いい天気だ。いい天気過ぎて眼球の奥がじくじくする。瞼を下ろすと残光。どうにか消えないかと違うところを見てもモノクロはついてくる。瞼の裏での攻防。地味だ。そして、暇だ。
後頭部をガラスにくっつけて、濁点のついたため息を発射。落ちていくのがわかる。
二分前まで触っていたタロットをもう一度しようかと傍らに手を伸ばして、シーツに並んだそれに指先が触るより前に太ももに感触が来た。






この圧倒的重圧感。ストライカーで加速した時の負荷よりなおきつい。下手に動くことを許されず、かといってこのままを受け入れることも出来かねる。視線を自室の扉に向ける、否、睨む。いっそのこと、この状況を打破する誰か来てくれ。可能性は限りなく低い。何せ私自身がこの時間帯は部屋にくんなと言っているからだ。私の馬鹿。固体のような唾液を飲み下す。こめかみから首筋へ冷や汗が伝った。ネウロイと対峙した時とは違う種類のプレッシャー。この私が。エースとまで謳われるようになってしまった私がここまでの重圧にさらされることになるなんて。対峙するものが強大すぎる。どう足掻いても勝てやしない。エースかっこわらい。うるせぇ馬鹿。ならお前は勝てるって言うのか。脳内に出現した原隊の友人たちに吠える。この。この。
そぉっと、視線だけ投げ出した足、自分の太ももに向けた。


オラーシャの白百合が私の一部を枕にしてこっち見てます。


扉を睨みつける作業に急速移行。力の入れすぎた拳がもはや痛みを感じなくなってきた。手汗すらかかない緊張の極限へ。
状況。サーニャに膝枕をしています。
訂正。サーニャがいつの間にか膝枕を強奪していました。
え。さっきまで寝てましたよね。何故か私の部屋で寝てたよな。部屋間違えてるんだけど。朝食を終えて戻ってきてもまだ寝てたから私は静かに時間をつぶしていたわけだ。邪魔なんてしてない。ッハ、あれか、ため息か。ため息が悪かったのか。ため息にそんな作用があるとか知らないぞ。ちゃんと教えてくれよ。溜息製造機だったエルマ先輩でさえ教えてくれなかったぞ。
ちらりと視線を落とす。こっち見てる。めっちゃ見てる。新緑色の瞳がこっち見てる。すげぇ綺麗。
ていうか。
どううしろっつーんだよおおおおおおおおお。

「えいら」

頭を抱えたい衝動に駆られていたら呼び声。めっちゃ肩が跳ねた。心臓がびくってなった。
間違いなく私の名前だったよな。うん。この隊には同じ名前居ないもんな。今度はちゃんと顔も一緒にサーニャに向ければ、微笑み。可愛い。可愛い。誰が見たって可愛い。こんな可愛い子いるんだな。妖精って言ったやつ、私はお前と全面的に同意見だ。マジ可愛い。

「えいら」

なんて若干の現実逃避をしていたら、白い手が動く。
どうすることも出来ずに脱力していた私の手に触れた。固まってるくせして、ほんの少しの力しか入っていないサーニャの手にされるがままという自分でも器用なことやってる腕が。手が。
サーニャの、頬に。
触れ。

え。

掌。

えっ。

うっとりと、新緑が細ま。

ちょっ。

「えいら」

あああああああああああああああれくさんどらさんちょっとほんとなんなんですかああああああああああああ。
触れたほっぺ柔らかいとか、重なってる手が小さいとか、嬉しそうな顔可愛いとか、すっげぇ可愛いとか、可愛いとか、可愛いとか!!!
そんなことを脳みそがミキサー。
ぱさぱさに乾いた口の中と舌で、どうにかこうにか音を紡ぎ出す。

「さ、さーにゃ?」

離してくれませんか色んな意味で。離れられなくなります色んな意味で。
そんな思いをふんだんにデコレーションした呼び声だったわけだけど、その音が耳に届いたらしいサーニャは。
もう一度、ふっと、嬉しそうに笑って。そのまま、また、瞼を下ろしてしまった。
頬から外れてしまった私の手は、それでも変わらず、小さな手によって拘束されたまま。
笑顔に見惚れていた私を、やっと動かしたのは聞こえてきた寝息。
溜息が出そうになって、寸前で呑み込む。
なんてーか。
疲れた。
マジ、疲れた。

「寝惚けるって、危険だ」

脱力。
首を後ろに倒して、窓のサッシに後頭部を強打して悶絶した。
なんなんだよもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……!!!


inserted by FC2 system