気付かない?



「ねぇ、エイラ。私を見て、気付くこと、ない?」
「んー?」

ぱちり。
白い瞼が瞬いた。














例えば。髪。例えば。服。例えば。お化粧。
見た目というのは色々なチェック項目があって、些細な物にまで至る。
例えば。香り。例えば。声。例えば。気分。
それこそ、感じ取るものなんて無数にある。
いつも見ているからこそ、いつも一緒に居るからこそ、わかるものも、わからないものもある。
気付いてくれることも、気付かないことも、ある。
どれだけ相手が自分を見ていてくれているか、少し意地悪な確かめ方。
何か、気付くことはある?
その質問は、何も変化があった時にだけ使うものではないのだと教えてもらった。
機嫌を取ろうと無難なことを言う人も居れば、気のない返事をする人も居ると聞いた。

「いつも通り可愛いよ、なんて即答しちゃうような人もいるしね。その人の性格によっちゃ許せるけど」

そうらしい。
私にこれを教えてくれた人はちょっと落ち込んで言った。

「ちなみに頭のお堅い人に聞いて散々答えを強請った後にネタばらしをすると、凄く怒られるよ」

私はそれに返す言葉をなかなか見つけられなかった。
ねえねえ、今日の私何か変わったとこない? 昨日以上に部屋が汚い。そうじゃなくて。お菓子の袋がまた増えていた。それでもなくて、っていうか私のことじゃないよね? お前はいつも通りだろう、寝坊はする、訓練に遅れる……いいか、カールスラント軍人としtもぉいいよ馬鹿ー!!! はあ!?
事の顛末を聞いて、とても鮮明にそれを思い浮かんでしまって、余計に言葉に窮した。
遠く青い空を物憂げに見詰めたその人の頭を、躊躇いながら撫でるしかできなかった。
さーにゃんもやってみるといいよ。あいつが何言うか何となくわかるけどね。
落ち着いたのか、今度は笑いながら言って、答え教えてね、私の頭を撫でて訓練に行ってしまった人。
いつもながら私はその人との会話から、その人から色々教えてもらって、それを実行している。
今回も、また。

「気付くこと?」

タロットから視線を上げたエイラは、私を見上げて首を傾げた。
部屋に戻ってきて、しばらく躊躇いはしたけれど、口から出てしまった言葉はもう回収できない。
所在なく佇む私に、エイラはベッドに座りこんだままじいっと見詰めてくる。
ああ、自覚がないエイラだ。
すぐにわかってしまう。だって、普段はこんな風に出来るわけがない。エイラはそういう人。
あまり経験がないことだから、その瞳が私をまっすぐ見ていることが恥ずかしい。

「んー……」

吐息ともとれる声を零しながら、タロットを放ってエイラは立ち上がった。
視線は動いているけれど、その先が私だと言うことは変わらなくて下手に動くことも出来ず、妙な緊張。

「髪は、この前切ったし。爪も一昨日磨いたし。軍服……は変わらないし。ついこの前みたく化粧、してもないし」

首の後ろを擦りながらエイラは小さく言って、とんとんと踵を鳴らして私の囲むように回る。
視線を受けながら、私はとても恥ずかしかった。私の、所謂、お世話というか、そういうことを、エイラがほとんど、というか、全てエイラがしてくれていることを、改めて、している本人の言葉で認識してしまった。
そうして、背後から見えた白金がすぐ近くにあって、心臓が飛びあがる。

「シャンプー変えてないし。香水、付けてないし。いい匂いだし」

顔が、一瞬、物凄く近くにあった。
寝てるエイラにしかしたことがない、そんな距離を、起きてる時にされるなんて思いもしなかった。
遅れて、じわじわと顔に熱が溜まってくる。

「いつもの時間に起こしたし。寝るのも同じ時間だったし」

目の前に戻ってきたエイラは、眉を詰めて、それから腕を伸ばした。
えっ。
目を丸くしている内に、腋に手を差し込まれて。

「相変わらず、軽すぎるし」

浮いた身体と、白金にぴょこぴょこと揺れた黒い獣の耳。
つま先が床に着くのと同時に、その耳は消えて。固まる私から、ちょっとむかむかするくらい何の反応もないまま、手が離れる。

「んー……?」

その腕を組んで、さらに眉を詰めて、唸るエイラ。
私は私で混乱とかよくわからない不満とか恥ずかしさで色々大変で、もうどうしたらわからないから、顔に熱を集めようとするのもゆっくりになってしまって、ああもう、エイラの馬鹿。
責任転嫁。知ってる。でもエイラのせいだもの。
そうして。エイラは、一人納得したように笑う。

「うん。いつも通り可愛いサーニャだ」

そんな言葉とともに。
いつも通り。可愛い。なんて。
即答でもなく。熟考してから。
悔しいくらいに、照れも何もなく。言ってくれた。言われてしまった。
から。

「んー? なんか顔赤くないかサーニャ。……ッハ! もしかして風邪か!? 大変だすぐに医務室nへぶっ!」

反射的に両掌をその顔に押し付けた。
力加減がうまくいかなくてぺちんと音が立ったけど、それどころじゃない。
離そうとしている、けど力ずくでそんなこと出来ないってわかってる、無理矢理押しつけたまま。
私は。
どうしようもなく熱を持った顔を心を冷やすのに精いっぱい。

「さーnyもぉがもー!」

どうしよう、これ、ネタばらししなくちゃいけないのかな。
無理。
とりあえず、怒ったふりをして部屋を出ていこう。
抗議の声を聞きながら、私はそう決めた。



そして、気付きませんか? へ

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