あやいと
綾取りというものがある。
「というわけでミーナから教えてもらってきました」
「扶桑の遊びを何故ミーナから?」
「それは察しなよトゥルーデ」
部隊長執務室にて絹の縒り糸を見つけたエーリカがそれを摘まんで問えば返ってきたのは焦り。
伊達に風を操るわけじゃない。空気の操り方も天下一品である。
空気読んでますよ感をこれでもかと発しながらも、あえて追い詰めずにその遊びを教えてもらったエーリカが、食堂に集まっていた面々に言ったのだ。やってみようぜ。
テーブルの上にはリネットから予め収集してきた多彩な毛糸のわっかたち。そのうち一本と手にとりながら芳佳が言う。
「わぁー、なつかしいなぁ、小さな頃よく遊んだんだ」
「これ、二人でも出来るの?」
「うん、交互に取っていくんだよ」
「とって?」
「んーと、やっちゃったほうがわかりやすいかなぁ」
ぱぱぱ、と簡単な所謂基本形を作り上げた芳佳が、それをそのままリネットの手に渡す。
皆が不思議そうに見詰める中、糸は様々な形を作り上げていく。
「で、またこの形に戻るんです」
「へぇ、繰り返すんだ」
「一人綾取りの場合は、もっと色んな形できるんですけどね」
一度解いた糸を、今度は一人で組み上げていく。
出来たのは、桜色の網目。
「はい、橋です」
おおお。
感嘆の声が上がる。
そこでエーリカも毛糸を手に、もたつきながらも結い上げたもの。
向日葵色が五指にかかり、扇状に広がったそれを皆の前に突き出した。
「見よ! ミーナ直伝の箒だ!!」
おおおおおお。
覚えたてにしては綺麗なそれにも声は上がるのだが、感嘆だけではなかった。
大尉を冠する二人が、小さな笑いとしかめっ面という組み合わせで並ぶ。
「掃除しろって暗に言われてるみたいだなー」
「奇遇だなリベリアン、私もそう思っていた所だ」
「なん、だと……」
箒が萎びれた。
かくしてあやとりを始めた面々。
その中で、二人あやとりをするのは二組。
「そうそう、リーネちゃん上手」
「芳佳ちゃんが教えてくれてるからだよ」
「そんなことないよ、んーと、あとはほら、こっち」
「うん」
リネットと、ゆっくりとひとつひとつ糸をとり、結う、芳佳。
「トゥルーデは力入れすぎだよ、もっとリラックス」
「む……」
「ほーら、ゆっくりでいいからさ」
「うむ……」
力の入れ過ぎであわや糸を引き千切りかねないバルクホルンに、エーリカは嬉しそうにそれを緩めながら。
そんな周りの様子を見ながら、サーニャもまたテーブルの上にあった一本をとる。
視線を巡らせ、行き着くのは空色。
「エイラ……、箒?」
「んあ? ニパに教えてやったら面白いかもなぁって」
近づけば、白い手にかかる薄浅葱の扇。
にやにやと頬を緩めるその眼には、確かに懐かしむ色が、少しの寂寥があった。
一番傍に居ると自負しているサーニャにとって、それを感じ取るなという方が無理なのだろう。
そして感じ取って得るものが全て綺麗なものとは言えない。殊更、この類の感情に関しては。
「ん」
だからサーニャは手を差し出したのだ。
その手に、あやとりの型を作り出し、エイラへと向けた。
「どうやってとるんだこれ」
「小指で、すくうの」
「あー、そんなんだっけか」
意図を汲む。
エイラは薄浅葱を膝に手放し、サーニャの手元に指を伸ばす。
「お、お? ん? おかしくないかこれ」
糸を組む。
もとよりちゃんと手本を見てはいなかった。
そんなエイラが適当に絡めた糸は複雑に、それこそ。
「げ。絡まった」
ぐちゃぐちゃに。
しかめた顔を、指同士、絡まった糸越しに見るサーニャ。
サーニャが痛くないよう、引っ張ったりしていたエイラだが、そのうちに肩を落とした。
「あー、切った方が早いな」
そう言い、ポーチへと手を伸ばし。
「ダメ!」
鼓膜を打つ切迫に目を丸くする。
この場に、団欒の空間にそぐわないほどの真剣な声。
サーニャは、エイラを見て、言う。
「だめ」
片手の、ある指を中心に、絡む。二人を結ぶ糸の色彩を見て、言う。
うろたえながら、それに頷くしか、エイラには選べなかった。
「わ、わかったよ」
そうして、切ることもなく、エイラが苦心して緩められたそれ。
今はサーニャの掌の中にある色彩。
「あやとり気に入ったのか?」
「……うん」
「そっかー」
だが、見えないそれは、どうだ。
先ほどから続く妙な気まずさを拭うために、再びエイラがポーチに手を伸ばす。
選び取った一枚。
大アルカナの]であった。