受け取ってください



鮮烈な色彩が、視線を引き寄せた。















咲きかけの蕾、花開いた大輪。
白を基調にした飾り気のない包装、けれど上質なものだと一目でわかる。
二色のコントラスト。
引き立てられるように、綺麗な赤がその存在を主張していた。
小さくとも美しい、薔薇の花束。
それを持つのは笑顔の老紳士。隣に居るはにかんだ上品な老齢の女性は、たぶん、奥さんだろう。
日差しの穏やかな昼下がり。
その姿が、とてもとても幸せに映った。

「サーニャ?」

ふっと、視界の横から煌めく白。
白金は太陽の光に揺らめいて、風に揺れていた。
花束から光を過ぎて宝石へ。アメジスト。

「何かほしいものあったか?」

首を横に振る。
日用品の買い出しに来た町で、一通り用事を済ませて荷物の配達も手配した後。
余った時間。懐中時計を閉じた貴女が笑った。寄り道して帰ろうか。
それに少しの窘めと首肯を。建前と本音を。デート。単語がよぎった。

「あのご夫妻、見てたの」
「んぁ?」

貴女の視線も向いた先、私も戻した視線の先。
榛色と青色。目が、あった。
にこりと微笑まれて、慌てて挨拶をした私たちに、ご夫妻は近づいてきてくれた。

「すみません、不躾に見てしまって」
「いやいや、構わないよ。可愛らしいお嬢さんの視線に留まれたとなれば尚更だ」
「サーニャ良かったな、可愛いってさ」
「エイラ……っ」
「あらあら」

頬が熱くなる。もう、こういう時だってこんななんだから。
笑う老紳士と、エイラ。そうして、このやり取りだけで何かに気付いたのか、女性の方は私に向かって微笑んでくれた。
大変ね。そう言ってくれている気がして、私も、小さく笑う。こういう人なんです。
この町はどうだい。素敵だろう。今日はどこへ。花屋で妻にプレゼントしたいものを見つけてね。いつも美味しい料理への感謝とか。いや、それだけじゃあないけれど。
他愛もない、それでも楽しい会話をさせてもらった。
けれど広場の大時計が奏でた音で、それも終わり。時計を見たご夫妻は、名残惜しいけどそろそろ、と佇まいを正した。
こちらこそ、ありがとうございます。二人で感謝を告げる。
女性が、軽く私たちを抱きしめて、言った。

「貴女たちの未来に幸運を」

私たちは顔を見合わせてから、女性を見る。優しい眼差し。胸が暖かくなるような、そんな微笑み。
ありがとうございます。改めて、感謝を二人で口にした。
お二人の未来にも、幸運を。返す言葉に、老紳士が朗らかに笑う。

「妻が隣に居てくれたらいつでも幸せさ」

言い切った老紳士と、照れた女性。
ああ、とても幸せそうな姿。
はにかむ女性に老紳士は一言何かを聞いてから、頷いた女性に口端を緩めた。

「幸せのおすそわけだよ」

花束から抜き取られた、一輪。
まだまだ、これからだろうからね。
その言葉通り。蕾に近い、ほんのり咲きかけの薔薇。
私たちにと差し出されたそれの前には、エイラ。どうして私に。そんな顔をしたエイラに、老紳士が片目を瞑った。
そうして、二人を見送った後。
あの老紳士の意図をわかったのかわからないのか。たぶんわかってないエイラの手には、薔薇が一輪。

「素敵なご夫妻だったね」
「あー、うん。旦那さん、奥さんにべた惚れだったなー」

語られた日常は、どれも穏やかで、暖かく、日溜まりのような色をした光景を浮かばせるのに十分だった。
少なからず紆余曲折を得たのであろう人生で、ゆっくりと時を刻む時期。あのご夫妻は、今をとても健やかに過ごしているのだろう。

「んー……」

くるり。
どこかぼんやりとしたエイラの手元、薔薇が茎を軸にして回る。

「エイラ」
「へ?」
「どうしたの?」

予想だにしていなかった。
だからこそ、すぅっと、それはエイラから、私に届く。

「私もサーニャとあんな風に過ごせたらいいなー、って」

はい。言葉とともに、鮮烈な色彩。
差し出された言葉と、赤。
私はそれをしばらく呆然と見るしかできなかった。
幸せそうな老夫婦。手に持つのは赤い薔薇。
色々考えた。
本当に、色々考えた。
まとまるわけがなくって、まとめようがないのに、色々考えてしまった。
赤が移る。私の顔へと沁み込む。
淡い色の微笑みと、そのアメジストに映るのは、私。
見ていられなくって、俯いた先。差し出された、赤。
色が持つ意味。
いつの間にか握りこんでいた手を如何にかほぐして、どうにか、腕を伸ばす。
触れた、赤と、貴女の手。

「よろしく、お願いします」

声は、震えてしまったけれど、しっかり受け取った。
貴女の言葉と、赤い薔薇。





















「よろしく、お願いします」

俯いて黙ってしまったサーニャに内心相当慌てていたら、ゆっくりとあげられた顔と、受け取ってくれた薔薇。
私が持ってるより、サーニャが持ってた方が綺麗だろうな。って思ってたから、それはよし。
よし、として。
私の頭に浮かぶ疑問。
よろしくおねがいします。
サーニャの声が紡いだ言葉。
何が? 何を? えっ、私が? 私に?
意味がわからないのと、上げた顔が薔薇に負けないくらい真っ赤だったから、驚いた。
えっ。
えっ。私なんかしたか。ていうか。どうした。どうしろと。
待て。待て。待て。
絶賛混乱している私に対して、サーニャは、なんて言うか、顔が赤いんだけど、とっても嬉しそうにはにかんでいる。うん。可愛い。
ではなくて。
私は考える。
サーニャの言葉と、この反応。
考える。
私は。

何て。

言った。










理解した瞬間、私は薔薇に確実に勝った。



おお、うまくいったみたいだ。
あなたったら、わざとでしょう?
はは、ばれたかい?

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