タクトを振る



とくとくとく。
一定のリズムを刻んで、その音は私に沁み込んでいく。
寄り掛かるように耳を押しあてた背中。
とくとくとく。
レント。ゆるやかなそれに浸る。




ベッドに座りこんで、タロットを捲る貴女の背中を見詰めて数分、こっちを見てくれなくて膨れてしまう頬。
抗議の意味を込めて、その背中に凭れた。びくりと震えた背中に少し唇の端が緩んだ。構ってくれなかったお仕置き。
さあにゃあ?
上擦った声が届いたけれど、気付かないふりをした。声とともに伝わる振動。
とくとくとく。
プレスト。速度を上げたリズム。その原因が私だとわかっているから、どうにも、気分が少しだけ良くなる。
寝てるのか?
語尾が上がった声。うん。そう。寝てるの。だから、いつものように、私に甘い貴女でいて。
背中越しの小さな溜息。このままにしてくれるらしい。振り向くことも、身じろぐこともせず、背中を貸してくれる。
とくとくとく。
ア・テンポ。少しずつ元のリズムに戻るそれに耳を傾けた。




とくとくとく。
瞼を下ろした薄闇。音に意識を集中して、呼吸を深く。
少しだけ、貴女の匂いがする。抱きしめてくれたら、存分に包まれるのに。音にも、匂いにも、貴方にも。けど、それはたぶん今は無理。
私に触れることに誰よりも臆病な人だもの。
とくとくとく。
すっかり元のリズム。心地いい音。落ち着く音。それでいて、掻き乱す音。
何だか悔しくて、わざと擦り寄りば、ほら。
モデラート。早くなるリズム。





さ、にゃ?
途切れ途切れ。伺う声。
起きたの。その意味をわかるからこそ、私はまた動かない。寝てるの。寝てるのよ。だから、このままでいて。
また、小さな溜息。それを狙って、もう一度擦り寄る、今度はむずかる様な声を添えて。
とくとくとく。
アニマート。跳ねるリズム。くるくる変わるその音に、貴女の心の音に、聞き入る。
貴女は動かない。声にならない小さな唸りが、振動で伝わった。色々考えてるんだろう。それでも気付かないのだろう。
そういう人だもの。
リズムが、また、元に戻り始める。





とくとくとく。
とくとくとく。
とくとくとく。
音に、浸る。
沁み入る、リズム。
私の行動一つで、言葉一つで、変わるリズム。
まるで、タクトを振るう指揮者のよう。
貴女の心の音を奏でられたら、どんなに幸せだろう。
奏でることが出来たのなら、どんなに嬉しいことだろう。
私が振るうタクトは、まだ、きっと、朧気なものだろう。
私が望んだように奏でることなんて、ほんの少ししかできないんだもの。
ずるいと、思う。
私が奏でる音は、貴女が振るタクトに合っているのを、知らないでしょう。
きっと、最初の頃から。きっと、ずっと。
貴女の旋律が、私のリズムを奏でる。
私も、いつかは、この音を。





ドルチェ。甘い、リズムを。


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