こっちむいて



いつも通り。
朝方に帰ってきて、いつも通り鍵の掛かっていない部屋に入って、軍服を脱ぎ散らかして、匂いと、あたたかさと、小さな声に身体を眠りに沈ませて。
いつも通り。
起きたら、貴女は訓練でいなくて、サイドテーブルにメモが残してあって、シーツにもう一度包まって、何だか寒くて、二度寝も出来なくて。
いつも通り。
部屋着に着替えて部屋を出て、食堂にいって、窓から訓練が見えて、空を駆る貴女がいて、なんだかワルツを踊るみたいな軌跡を描いていて、相手は青を纏っていて。
いつも通り。
格納庫に行って、貴女を見つけて、笑うその姿を見て、隣に黄昏色の髪があって、何となく身を隠して。
いつも通り。
廊下を進んで、ぼうっと空を見て、いくらか経って、中庭に飴色を見つけて、駆け寄っていたのは貴女で、笑っていて、それを見て、口を噤んで。
いつも通り。
アメジスト色が、私を映していないのが、なんとなく。どうしても。
いつも通り、ではない、私の心。





「サーニャ起きてたのかー」


おはよう。そう笑う貴女から視線を逸らした。
貴女の部屋なのに、貴女のベッドなのに、そこに居座る私を全部受け止めてくれるのが、今は何故か、ちょっと、もやもやする。
ぜんぶわたしにちょうだい。
こんなにくれるのなら、ぜんぶ、わたしにむけてちょうだい。
ぐっと唇を噛んで、その心と言葉を押し止める。
形にしてはいけない声と言うものが、ある。と、思う。
几帳面に畳まれた軍服が二つ並ぶ。空色の綿生地。パーカーに着替えて伸びをする貴女。


「ぁー、ツンツンメガネが諦めないからめんどくさかった……」


ぐっと、手を握る。訓練。整備。雑談。きっとどれも。私が見たのはいつもの光景。いつも通りのこと。
でも、私の心は、いつも通りじゃない。それだけ。
いつも通りに戻るまで、ちょっとだけ、我慢すればいい。それだけ。


「サーニャ」


なのに。どうして。こういう時だけ。いつもはわかってくれないのに。いつもは気付いてくれないのに。
いつも通りじゃないの。


「どーした?」


ベッドの上。対面に座って、俯く私を覗き込んでくる貴女。
まっすぐ。やわらかく。両手を私に向けて、全部全部、私に向けて。貴女のアメジストには、私しかいない。
心の箍が、弾ける。
腕を伸ばして、背中に下ろされたパーカーのフードを手繰り寄せて、白金の頭にかぶせて。
まあるいアメジスト。私しか見えない、アメジスト。
唇の箍も、弾けた。




「わたししかみちゃやだ」




純度が限りなく高いわがままが、溢れ出た。
言って。届いて。言ったことに気付いて。もう戻すことも出来なくて。
耳まで、熱い。
けれど目をそらせない。
まあるいアメジストが瞬き。ひとつ。ふたつ。みっつ。発火。面白いくらいに真っ赤になった顔。伝播したのは私の熱か、貴女の熱か。
首まで、熱くなる。


「ゃ」


もうどうにでもなってしまえばいい。
たぶん、私より、貴女の方が、大変なことになっているのはわかってる。
だったら、もう、どうでもいいかな、って。
もう一度わがままを重ねて、その首元に赤を隠した。


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