さり気なくかつ大胆に



最初に気付いたのは、幸か不幸か、芳佳さんでした。
何かなんて解らずに、何かなんて思わずに、ただの疑問と心配を組み合わせたような言葉を発してしまったのです。


「あれ?エイラさん、背中に引っ掻かれたみたいな跡ありますよ」


くしくもこの場は基地が誇る扶桑式の大浴場。
普段軍服に隠されているところもそりゃあもうばっちり見えるわけです。


「え?」
「だから、背中、肩・・・えっと、肩甲骨の辺りです。引っ掻き傷みたいな」
「傷ぅ?」


自覚がないのかエイラさんは芳佳さんの言葉に首を傾げ、自身の背中を無造作に隠す綺麗な髪を避けて、指摘された場所を確認します。
見て、そして指で触り、それを確かめていたエイラさん。芳佳さんがそれを見ていたわけですが、ぴたりと止まった、というより固まったエイラさんに首を傾げます。
少し前の疑問顔がさっきまでは思案顔に、そして今、エイラさんの顔は真っ赤になっていました。


「エイラが怪我するなんて珍しいな。何かあったのか?」


もちろんこの浴場に居るのは芳佳さんとエイラさんだけではありません。
訓練を終えた芳佳さん、リーネさん。整備後のシャーリーさん、それにくっついてきたルッキーニさん、そして眠気覚ましにやってきたエーリカさんがいました。
今ほどの声はシャーリーさんのもの。何が楽しいのかにやにやと口元を緩めています。そして同じ表情をした人がもう一人。


「無傷のエースが怪我なんかして、どうしたの?」


エーリカさんです。
にやにやにやにや。そんな表情で二人はエイラさんを見ていました。そしてこの場に居る全員がその跡を、エイラさんを見ていました。
その二人の言葉にびくりと肩を震わせたエイラさんは、現状を素早く分析。そしてその絶望ともいえる状況を把握。さらに獲物としての立場を理解。
逃走ルートを思い描いて、どう考えても脱衣場で捕まる。つまり逃げられないという事実も、しっかりと突き付けられていました。
なにせ、エイラさんにとったら居てほしくないツートップがここにいるのですから。


「しかも背中だもんなぁ」
「よっぽど無防備じゃないとつかないよねぇ」


よくわかってない視線×1。心配そうな視線×2。面白がっている視線×2。
エイラさんは自身に突き刺さる視線から、身体の向きを変えて背中を隠します。


「は、ははは、は、・・・何だろうな、はは、気付かなかった」


引きつった笑いと声は軽く上擦っていました。
動揺していることが丸わかりです。いつもの何を考えているかわからないといわれる表情が全くありません。それでなくても顔の赤さは消えていません。白い肌がそれを一層解りやすくしています。


「きっと、あれだ、うん、何かに擦っちゃったんだな」
「いやー、服があるからそれはないって」
「軍服じゃなくても、エイラ、パーカーとかじゃん」


エイラさんが提示した原因は速攻で棄却されました。
さすがスピードと撃墜数に定評のあるエース二人です。
視線を泳がせるエイラさんを見詰める二人。そしてその様子を見詰める三人。
元よりエイラさんに救援を要請する手段などありません。誰かに話を振ろうにも、墓穴を掘る可能性だってあります。
だからエイラさんは当たり障りのないことをいい、かつ皆の疑問を納得まで行かなくてもあやふやしなければいけなかったのです。
エイラさんの脳の回転率は物凄く上がっていました。


「いやほら、私、インナーのまま寝てる時あるし!」
「あたしの部屋ならまだしも、エイラの部屋にそんなとげとげしたものあったか?」
「見たところ何本も傷あったけど」


しかし棄却。
ちゃんと見てるなこのやろう!とエイラさんが内心叫んでいることなんて二人は知りません。例えエイラさんが言っていたとしても、いやぁ心配だし?みたいな言葉が返ってくるのですが。
そんなエイラさんに追撃が入ります。


「そんな傷できるくらいだから、寝てても気付くだろ」
「うんうん、痛くてさ」
「そうそう、痛くてさ」
「痛くなかったの?」
「いや別に痛くないっていうかそんなのどうでもよかtぁあああああ変なこと言わせるな!!!」
『変なことって?』
「ぅぐッ」


余計なことを口走ったエイラさんが切り返しにより言葉に詰まっているのを見て、追求者の二人の口元はにやにやが止まりません。
さらに、追撃。


「それにお風呂じゃなさそうだしねー」
「そうだなぁ。でもそこって、こういう状態じゃなきゃつかない傷だよな?」


こういう状態でなければ。
ここに居る人の状態。それすなわち。
ここらへんで状況を理解していない傍観者であったリーネさんが気付きます。
一気に赤くなった顔で口元を押さえて、湯に沈み込むくらいには理解できていました。でもやっぱり気になるのかエイラさんの背中をちらちら見るくらいには好奇心は旺盛です。年頃の女の子ですもの。


「あ!あれだ!サウナでヴィヒタを使ってる時に!!」
「それこそ汗で沁みるからわかるって」
「しかもそんなに強く叩くものじゃないでしょ?しかも葉っぱだし」


されど棄却。
エイラさんの精神ゲージががりがりと削られていきます。
それを見てとったのでしょう。シャーリーさんの口角が上がりました。
とてもいい笑顔でした。


「ちなみにエイラ。お前って肌白いからさ、興奮とかして体温上がると傷とか皮膚が薄くなってるところが他のとこより赤くなって目立つって知ってた?」
「あ、ほんとだー!シャーリーすごい!!」


その言葉に、エイラさんの背後に回ったルッキーニさんがはしゃぎます。
エイラさんの行動は迅速でした。桶を手に取るや否や、水をたっぷりと入れてそれを頭から被るという奇行に出たのです。
しかしエイラさんに放たれたのはシャーリーさんの言葉だけではありませんでした。
とてもとてもいい笑顔のエーリカさん。


「そんでもって皮膚の表面だけ急に冷やそうとしてもさ、やっぱり傷とか皮膚が薄くなってるところだけ赤さが際立ってすっごく目立つって知ってた?」
「わっ、ほんとだ、ハルトマンさんもよく知ってますね」


芳佳さんの言葉が背後からエイラさんに貫通します。突き刺さるどころではありません。致命傷です。
逃亡を許されていないエイラさんに残された道は一つ。
上がる水しぶき。
湯船に物凄い勢いで浸かるしかありませんでした。


――――――


「何、いつからだよ」
「・・・・・・・」
「水臭いなぁエイラ、私たちにも内緒なんて」
「・・・・・・・・・・」
「随分とお熱い痕じゃないか」
「・・・・・・・・・・・・」
「その傷はいつのやつなの」
「・・・・・・・・・・・・・」


口元まで湯に浸かり込むエイラさんの両脇にはシャーリーさんとエーリカさん。
さきほどからちくちくちくちくとエイラさんに声を掛けていました。断固として黙秘を貫いていたエイラさんでしたが、流石にこの言葉には声を荒げる他なかったようです。


『で、どうでした?』
「あああああもう煩いなお前らあああああああああ!!!!!」


良い感じに叫びが響きました。
この後、憔悴したエイラさんが着替えの最中に、だから舐めてたんだ、教えてくれよぅ、と呟いてるのを聞いてリーネさんがさらに混乱に陥ることとなったのを追記しておきます。


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