こころのおと



夜間哨戒を終えた私が帰る場所は、決まっている。
最初は本当に偶然だった。けれど、今は必然。私が帰る場所は、帰りたいのは、貴女の隣。
眠気と疲れでふらつく身体。おぼつかない足取り。それでも慣れ親しんだその部屋までの道のりは、何も考えなくても歩いていける。もともと、自分の部屋に行くための道なのだから。
ただ、ちょっとだけ、その距離を短くしただけで。
いつも通り鍵の掛かっていない扉を開けて、軍服を脱ぎ落していく。皺になっちゃうとか、そんな心配はしなくていいことも知っている。ベッドに倒れ込んで、タオルケット手繰り寄せなくてもいいことも知っている。


「ぅわ!?何!?」


いつも通りベッドの半分空いたスペースに倒れ込んで、慌てた声を聞く。
私はそれに反応せずに、シーツから香る匂いを吸い込んで脱力。帰ってきたと二番目に思える瞬間。
あとはただ、待つだけでいい。今すぐにでも眠りたいのを我慢して、それでも眠ったふりをして。


「ったく、今日だけだかんな」


いつもの台詞。
ため息交じりの、照れたような声。
ベッドの、部屋の主である、エイラ。
ベッドが少し揺れた。エイラが何をしているかなんて解りきっている。ほら、すぐに私の身体にかかるタオルケット。きっと、私の服を畳んでくれているのだろう。小言紛いの言葉に隠れた優しさが聞こえてくる。


「これで、よし」


また、ベッドが少し揺れる。
そうして、私の軍服を折り目正しく畳んで、エイラはまたベッドに戻ってくるのだ。自分のベッドなのに、端っこに。自分のベッドなのに、肩身が狭いというように。私との距離を空けるように。軋みを耳に、瞼をゆるゆると上げれば。
ほら、やっぱり背を向けてる。
エイラの白い背中が、少し離れた、それでも簡単に手の届く距離にある。
寝返りを打つふりをして、その背中に近づいた。エイラは振り返らない。絶対に。自信がある。経験もある。エイラは、寝ている私の方を向いて、眠りに就くことはない。
それがなぜかを考えると、悲しいから、深く考えないようにしている。
目の前に、エイラの背中。
私は、瞼を降ろして、そこに、額を、くっつけた。
額から、びくりと震える身体を感じて、弱弱しく私の名前を感じる。


「さささささぁにゃあ?」


聞こえない。だって私は眠っているんだもの。だからエイラ、動かないで。離れてしまうと、ぬいぐるみと間違えて抱きついてしまうかもしれないの。
そんな言い訳と願いを、くっつけた額を通して送るように想って。それが通じたのか。それとも他の理由なのか、エイラは動かない。
寝惚けてる。それが私の最大の武器。
ごめんね、ありがとう。私はエイラの優しさに甘えているのだ。
気付かれないように息をついて、額に意識を向ける。
心音を感じる。
早鐘を打つみたいな、そんなリズムを刻んで、エイラの音がする。お母さまのそれとは違う意味で、安心する音。私の心臓を乱したり、落ち着かせたり、ひっかきまわす音。それでも、大好きな音。
どくどくどくどくどく。
心臓が血液を身体に一生懸命回している。どうして、そんなに急いでいるの。私のせい。それとも、他の理由があるの。エイラに直接聞けない問い。
私が額を付けたそこは、丁度、心臓の位置。
血液は全身に回っている。今のエイラは、それで忙しい。
もし。
もし、エイラの心臓に、私の想いを伝えられたとしたら、この想いは、エイラの身体にすみずみまで届くのだろうか。いつもどこかで避けてしまう。扉を固く閉じてしまう。そんなエイラに、届けることが出来るのだろうか。
そんなことを考えて、自分の考えに呆れながら、それでも想うことを止められない。
好きなの。
その想いを、額を通して。
エイラはきっと気付かない。だって、ずっと気付いてくれないもの。


「今日だけ、だかんな」


ねえ、いつになったら気付いてくれるの。いつだって想ってるのに。
ほら、聞いてよ。
私の心臓も、エイラと同じ速度を刻んでる。
エイラへの想いが、身体の隅々まで満たしていく。
それなのに、どうして気付いてくれないの。


どくどくどくどくどく。


心音だけじゃなくて。
心も、同じ音を紡いでくれたらいいのに。
そう想いながら、私は眠りの世界の扉を開けた。


inserted by FC2 system