その子狐、懐きにくく



「サーニャさん、何か反応はある?」
「いいえ、今のところは・・・」


独特の反響を持った声が響きました。
懐中電灯に照らされた石造りの廊下。未だに蝋燭が居座る燭台。かつては豪奢な花を抱いていたであろう大きな花瓶。
ここは基地の地下遺跡。
そこの調査に赴いたのは、第501戦闘航空団のウィッチでした。
ぼんやりと翠色の光が電灯の光に混じります。
魔道針を展開したサーニャさんが首を振ります。それに頷き、手にした地図に視線を落とすミーナさん。
索敵と探索を得意とした二人のウィッチ。


「やっぱり何にもないとか」
「ふむ、とりあえず地図に載っている所まで行ってみようじゃないか」


二人に続くように歩を進める、短機関銃を背中に負うエイラさんと、愛刀を腰に携える美緒さん。
トラップ回避と万が一の戦闘要員としての二人のウィッチ。もちろん、前者の二人も銃器を装備はしています。
計四人のウィッチがこの場にいました。メンバー選出はミーナさんによるものと、立候補が若干。
よくわかっていないこの地下遺跡。今後何かあった時のため、不安要素をなくすためにこの調査が行われるにいたったのです。
かろうじて残されていた地図を頼りに、行きついたのは大広間。
壁際や部屋の真ん中。いくつか、朽ちかけた布に何かが覆われていました。


「何かの儀式をするための場所、ってところかしら」
「そうらしいな、祭壇もある」


左官の二人が周りを見回していると、サーニャさんを気遣いながらも、何か分からないそれを指差したエイラさんが提案します。


「隊長、これも調べるのか?」


それから数分。
魔力反応や妙なところがないかを調べた後、その布のひとつを取り払えば。


「鏡、か」


古い姿見が、そこにありました。
枠の装飾が多少損傷しているとはいえ、とても豪奢な作りのそれ。鏡面は薄汚れて、四人の姿をぼんやりと写しています


「普通の鏡のように見えるが」


魔眼でそれを見ていた美緒さんの隣、エイラさんの魔力が発動します。
黒狐の耳と尻尾が出ると同時に見開かれる瞳。


「離れろ!!」


切迫した声にすぐさま反応して距離をとる美緒さんとミーナさん、背後にいるサーニャさんを庇うように下がるエイラさん。
瞬間。爆煙。
膨大な魔力を察知すると同時に巻きあがる煙によって視界は閉ざされます。


「エイラ!サーニャ!無事か!」
「げほっ、ごほっ・・・・平気だ!」


結果、一番近くにいたエイラさんは煙に見舞われながらもサーニャさんが無事なことを確認し、状況を把握すると共に短機関銃を手にします。
幸いにして、バラバラにならずに美緒さんの近くにはミーナさんがいました。
すぐさま全員が魔力を発動し、臨戦態勢を取ります。


「私たちの他に何かいる!鏡の前よ!」
「煙で状況がつかめない!気を付けろ!」
『了解!』


緊迫した空気の中、徐々に煙が晴れていきます。
高まる緊迫感。
掌に汗が滲むような感覚。こういう戦闘の経験が一番少ないサーニャさんにのしかかる嫌な緊張感。
浅く息を吐きだし、グリップを握り直し。


「サーニャ」


目の前の背中から声。
平坦で、静かな音。けれど何故かそれを聞いただけで落ち着いていくサーニャさんの心音。
深く息を吐きだし、見据えた煙の先。
青い背中越しの声。


「援護、よろしくな」
「うん」


そして、鏡の前を、目視。

















『え?』





















一メートルを少し超えた、低い背丈。
丸みを帯びた、小さな身体。


「か」


肩につかない程度の、短めのプラチナブロンド。
幼いながらに整った顔の造形。


「かわ」


夜明けの間際の空のような、アメジストの瞳。
それを縁取る長い睫も、もちろんプラチナ。
そして。


『かわいくねえええええええ!!』


見事なまでの無表情。
本来幼児に溢れんばかりに与えられている感情がすっぽり抜けたようなそんな無の表情でした。
ありていに言えば、可愛げがこれっぽっちない、ということです。
その幼児を見てそう声をあげたのはエーリカさんとシャーロットさん。
続くのは爆笑。その後ろでリネットさんが発した可愛いという言葉は掻き消されました。切ないものです。
その幼児の隣に立っていたエイラさんは腕を組み、心底面倒くさそうな表情で言いました。


「うっせぇ」
「うっわ、無表情!可愛いくせにかわいくねー!!」
「エイラじゃん、めっちゃエイラじゃんこの子!」
「嫌味か」
『そっくり!!』
「うっせーよ!!」


幼児に視線を合わせる様に屈んでじっくりと見ていた二人に軽い頭痛を覚えながら叫ぶエイラさん。
そう。
突如基地に連れてこられたこの幼児、実は地下遺跡で発見されたというか出現した幼児でした。
あの魔力放出と爆煙のあと、視界が開けたその場所、鏡の前にちょこんと立っていたのがこの子なのです。
感じるのは膨大な魔力のみ。完璧な人の形をしているのにもかかわらず、人ではないという状態でした。
驚くべきはそれだけではありません。
それは、外見。
それはもう、エイラさんを幼くしたような。それこそ、幼い頃のエイラさんそのもののような。そんな容姿。
戦闘意思はないと見てとってから、エイラさんが幼児と話し始めて数分。わかったのは、それこそ幼い頃のエイラさんそのもの≠フ記憶を持っているということのみ。
つまり、ありえないことなのですが、この幼児は幼い頃のエイラさんのほぼ完璧なコピーという可能性が一番高いのです。
フランチェスカさんにあたしよりちっちゃい!などと言われている幼児は、変わらず無表情で周りをぼんやりとみていました。
そんな幼児にリネットさんが膝を折り、視線を合わせます。


「こんにちは」


幼児に微笑みそう声をかければ、じっとリネットさんを見た後に逸らされる視線。
リネットさんの眉が困ったように下がります。


「人見知り!」
「エイラってば恥ずかしがり屋!」
「だからお前らうっせー」


変わらず爆笑するエーリカさんとシャーロットさんに嫌そうな顔で溜息を吐くエイラさん。


「えっとこの子・・・」
「あー、イッルって呼んでやってくれ」


リネットさんがそんなエイラさんを見上げれば、その瞳の意味を察したのかエイラさんも苦笑で返しました。
再びリネットさんが微笑みを浮かべて、幼児に向き直ります。


「イッルちゃん?」


幼児の瞳がもう一度リネットさんに向くと同時に、エイラさんもまた、故郷での呼び名が予想だにしていなかったこの状況で呼ばれることに微妙な心境でした。
リネットさんを見詰めたまま、それでも口を閉ざす幼児。


「Illu.tervehdys」


そんな幼児に、エイラさんの声。
同じようで、どこか違うそんな呼び声と馴染みのない単語。
エイラさんを見上げて、頭にぽんと掌を乗せられた幼児は、もう一度リネットさんを見詰めて。


「Hauska tavata」


小さく平坦な声でそう返しました。
予想していた言葉とは違った言葉、正確には言語に目を丸くするリネットさんにエイラさんは言います。


「初めましてって言ったんだよ、リーネ」


少しだけ、懐かしむような顔。


「こんくらいの時、ブリタニア語よくわかってなかったんだ」
「あ。・・・・・・あの、エイラさん」
「あー、Heiで大丈夫」


スオムス語が発音しにくいという認識があるのでしょう。エイラさんは簡単な挨拶をリネットさんに伝えます。
それを聞き、リネットさんは改めて幼児に向き直りました。


「イッルちゃん、Hei」


小さく頷く幼児にさらに微笑みを優しいものにするリネットさんに並ぶように、もう一人、幼児の前に屈みました。


「Muistatko joku?」


流暢ではないにしろ、たどたどしくはない発音。
それに驚いたのは発した本人以外。もちろん幼児もまた、少しだけその瞳を丸くして。


「A」


答えようとしたその口を掌で塞がれました。
さして抵抗せずに、けれどその手に両手を重ねてどけようとはしている幼児に構わず、その手の持ち主はジト目を質問者に向けていました。


「中尉、スオムス語まで喋れたのかよ・・・」
「すこーしね」


一見無邪気に笑うエーリカさん。しかしエイラさんは知っています。


「で、ア、なんとかって言おうとしてたみたいだけど」


その裏に無邪気とは言い難いものがふんだんに含まれているということに。
先ほど以上に面倒くさそうな表情をして、エイラさんは視線を泳がせます。


「アー・・・、あー。・・・・・ateria!!腹減ったから何か食べたいって言おうとしたんだって!」
「私そんなこと聞いてない」
「細かいことは気にすんな」


薄く笑うエイラさんと、満面の笑みのエーリカさん。
妙な空気が間には流れていました。幼児は少しだけ眉根を寄せて手をどかそうと頑張っていました。


「遅くなりました!」


そんな空気を破ったのは遅れてやってきた芳佳さん。
一人だけ状況が掴めていない、その人が。


「皆さんどうしたんですか?」


人だかりの中心にいる幼児を見て。その隣に立つ人を見て。二人の顔を見て。はっとして。


「エイラさん」


至極真面目な顔になり、言います。


「お子さんですか?」























よ。
正直言うと「お子さんですか(真顔」が書きたかっただけ
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