題名とか特にないけどもっとやれ



ハルトマン中尉とお風呂に入ってきた。ぽろりぽろりと零れる言葉を拾い集めて得たのはそんな経過。


「サーニャ、まだ寝ちゃだめだぞー」
「ん……」


サーニャとこの部屋の前まで連れ添ってきたその金色の頭は言っていた。いやー、長風呂でさー。逆上せたらどうすんだ。
私はちゃんとサーニャの部屋に連れてこうとしたんだよ。金色はまだ言う。ここは私の部屋だ。倒れそうな肩を支えた。
エイラってほんと、残念だなー。金色がそう言い捨てて逃げて行った。私の反論なんて聞かずに、自分の部屋を通り過ぎて違う部屋へと消えていった。
私の元に残されたのは、眠気のスイッチが入ってしまった女の子。
何故だかこの子は、こういう風になると頑なに近くのベッドで寝たがるのだ。隣の部屋のベッドじゃなくて、目の前のベッドを占領するのだ。
しかたがないから私は今日も言葉を舌に乗せる。
今日だけだかんな。


「お風呂、楽しかったか?」
「ん……」
「変なことされなかったか?」
「……」
「おおおおおおいいいいいっサーニャっ?」
「……ん」
「それ、どっちの意味だ……」


ベッドに寝かしつけようとして、肩を支えた手の甲に、雫が垂れた。
見れば銀色の絹糸はまだ濡れていて、けれどもサーニャはもう手を上げることすら億劫なほどに瞼が重そうだった。
だから、私はタオルを手にした。
まるで月夜の雪景色。
艶めく銀色。それを彩るかのように滑る水滴を、拭っていく。
出来るだけ優しく。可能な限り丁寧に。その銀色を決して傷つけないように細心の注意を払う。


「ま、楽しかったならいいか」


安堵とか嬉しさとか、ちょっとだけのもやもやとか。そんなものが混ざって、息として漏れた。
対面に座った私の膝の間。眠そうなこの子が楽しかったのなら、それでいい。
女の子座りっていうんだろうか。ぺたんとベッドに座りこんだサーニャは、ふらふらと頭を揺らしている。
さっきまでかろうじて成立していた会話はもうできないだろう。お風呂上りだと言うのを差し引いても、サーニャの手があたたかい。
あたたかいのは別にいいんだけど、なんて言うか、ちょっと、触れてる私の足を軽く指先や掌で押してくるのをやめてほしい。くすぐったいから。
タオルを動かす手を止めずに考える。何かに似てるんだよな。ほら、あれだよ。あれ。


「何だっけ」


私が呟いた言葉にサーニャが瞼をゆっくりと押し上げる。
揺らめく翠色。前髪を指先で避けてやれば、掌に頬を摺り寄せてきた。
ああ。わかった。
猫だ。
猫が。ほら。お気に入りの毛布とか、そんなのを、手でむにむにするだろ。あれだ。
何だかおかしくなって、笑ってしまう。
不思議そうにこっちを見ている翠色に、余計に頬が緩む。


「毛布じゃないぞ」


言っても何の事だかわからないだろうし、きっとこの状態じゃ覚えてもいられないだろうけど。
また下ろされる瞼に翠色が隠される。
いつの間にか止まっていた手を、タオルを動かす。


「よし、終わり」


触れる手の動きがさっき以上に緩慢になってきた辺りで、私はタオルを離した。
軽く手櫛を通して、整えれば、ほら、毛づくろいは終わり。
最後にふらふらと揺れていた頭を撫でて、その顔を覗き込もうとすると、倒れこんでくる華奢な身体。


「ちょ、サーニャ?サーニャってば」


慌てて支えれば、鼓膜をくすぐる寝息と、首元にかかる微かな吐息。
まあ、我慢してたんだもんなー、って溜息をもらす。
暖かい小さな手は、いつの間にか私のパーカーを掴んでいた。
ほら。やっぱり。あれだよ。ぎゅーってするだろ。


「だから、毛布じゃねーって」


解ってないんだろうなー、なんて。
身体を抱え直して寝顔を見れば、そんなことはどうでもよく思えてしまう自分。
毛布だって間違われても。寝床を取られても。ここにサーニャがいるだけで、それだけで。
それだけで。私は。


「ぁー……」


ほんと。どうしようもない。
さて。


「どうやって寝りゃいいんだ……?」


軽く引っ張っても離してくれそうにない手を見つめて呟いた言葉は、月明かりに溶けた。


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