暇を弄んだ魔女たちの会話
「上目遣い?」
「そ」
首を傾げるサーニャさんにエーリカさんが頷きます。
昼下がりのミーティングルーム。
ピアノ椅子に腰かけるサーニャさんと、それに寝そべるエーリカさん。
一人はとある人が訓練の模擬目標に駆り出されたため、一人はとある人が買い出しに出ているため、暇を弄んでいたらこの場で鉢合わせたというわけです。
そこから他愛もない話をしていたのですが、今はとあることについて。
「なんて言うかなー、ほら、ペリーヌのデレとは違う感じのギャップ?」
「でれ?」
「あー、うん、ごめん、わかんないか」
苦笑いを浮かべて、寝転びながらストローでクランベリージュースを啜るエーリカさん。
首を傾げながら、ブルーベリージュースに口を付けるサーニャさん。
エーリカさんがキッチンから拝借してきたものをそれぞれ手に、二人の会話は続きます。
「えーっと、意識させたいんだよね?」
「……はい」
「つまりはどきっとさせればいいわけだ」
「そう、なんでしょうか」
仄かに白い頬に朱を浮かべたその様をみて、エーリカさんが頬を緩めたことを、ジュースと見詰めあうサーニャさんは気づきません。
話題は、各自のとある人についてのこと。
そこから話が二回転半ひねり込みをして着地したのは、どうやったら相手に自分を意識させることが出来るのか。そんなこと。
とある人の共通点は鈍感。それも弩級の。
それに溜息をこぼさずにはいられない二人なのです。
「こう、覗き込むような感じで、近づくわけです」
「はあ……」
「ちなみに私は初回、ちょっと顔を赤らめてくれました」
「えっ」
「そのあと、何を企んでるんだ、って言われました」
「……」
「でもシャーリーには可愛いって言われたので効果はあると思うよ」
「あ、あの」
「いい。何も言わなくて。わかってる。……わかってるもん」
クッションに顔を埋めてふがふが何か言っているらしいエーリカさんにサーニャさんは掛ける言葉を見いだせずにいました。
サーニャさんから見たら、エーリカさんは可愛らしいという言葉を集めたような容姿をしているのです。
その彼女の一撃必殺と謳われているらしい件の上目遣いの直撃を受けても尚、顔をしかめていたらしいとある人。
サーニャさんの脳裏に浮かぶその人は、いつものように眉根に皺をよせていました。ああ。鈍感。
「……と、私のことはいいの」
ぐりぐりと額を押しつけていたクッションから顔を上げて、ジュースを音を立てて飲みほしたエーリカさんがソファに座り直します。
ぴしっと立てた人差し指。
「いいかい、さーにゃん」
「は、はい」
「あくまで自然に、こう、……」
グラスをテーブルに置いて、エーリカさんは立ち上がります。
軽い足取りは、サーニャさんの元へ。
後ろ手に組んだ腕。上半身を屈めるように、背筋を伸ばしたサーニャさんの前へ。
至近距離。覗きこむようなその視線と、可愛らしい表情。
「こんな感じで」
それはサーニャさんの頬を先ほどとは違う意味合いで朱に染めます。
確かに、これは……。と。
思い浮かべる光景。あの人の反応は如何に。
「さあ、レッツトライ!」
がっと握り拳で意気込んだエーリカさんに、サーニャさんはただ頷くことしかできませんでした。
二時間後。
「つまりいつもと同じだった、と」
「はい……」
傾き始めた日の光。場所は同じくミーティングルーム。
二人の手にはアイスティー。お茶の用意をしていた人から貰ってきたのです。
項垂れたサーニャさんの隣に座るエーリカさん。
つい先ほどに決行された作戦の戦果について報告が行われていました。
結果は、実行者の表情を見れば言わずもがな。
「近づいて、見上げても」
「ふんふん」
「どうした、って首傾げるだけで」
「あー……」
ソファの背に凭れ、高い天井を見上げるエーリカさん。
虚空に浮かぶのは何にもわかっちゃいないとある人の表情。あの馬鹿、そんな悪態はアイスティーと一緒に呑み込みます。
揺れる琥珀色に変わらず視線を落とし、柳眉を下げて言葉を続けるサーニャさん。
「そのままじっと見てたんですけど、何だかおろおろし始めて」
「まさか、怒ってるのか?とか聞いてきたんじゃないよねー」
「その通りです……」
「えっ、なにそれこわい」
エーリカさんがあまりの返答に思わず天井を見上げていた姿勢のまま顔だけサーニャさんに向ければ肩を落としていました。
それにその言葉が本当だと痛感し、脱力してまた天井を仰ぎみます。
「うわあ、どうしよう、あいつへの認識改めないと、悪い意味で」
「……私、あの、やっぱり可愛らしく出来てなかったんでしょうか」
「それはない」
即答して咥えたストローを行儀悪くもプラプラ揺らしていたエーリカさんの思考は巡ります。
あの、“あの”人がサーニャさんのそんな行動に揺るがないはずがないと踏んでいたのです。ところが結果はこの通り。
何か引っかかる、としばらく天井の模様を視線でなぞって。
「あー、わかった」
はは、とどこか乾いた笑いを浮かべて、エーリカさんはグラスにストローを戻します。
振り向いたサーニャさんの視線に、肩をすくめて、その答えを。
「ほら、不意打ちにどきっ☆とさせなくても、あいつはいっつもいつでもどんな時でもさーにゃんのこと可愛いって思ってるから上目遣いが効かなかったんだよ」
徐々に染まる朱に可愛いなぁなんて思いながら、耳まで染まりあがるのを見ていたエーリカさん。
「……ん?」
不意に何かに気付いて、真顔でサーニャさんを見つめます。
「さーにゃん」
「は、はい」
その真剣さに、顔の熱をそのまま、姿勢を正すサーニャさん。
果たしてエーリカさんから発せられる言葉は。
「もしかして今のって遠回りに高度な惚気だった?」
「っ」
息が詰まる一瞬の空白。
「違いますっ!」
珍しい大きな声に、カランとグラスの氷が揺れました。