そうじゃなくて!
「りす」
「すいか」
「からす」
「すとらいかぁ」
「あいす」
月明かりが薄いカーテンに漉されてベッドに淡く降り注ぐ。
ベッドの上には、二人の少女。
「また“す”かよー」
うつ伏せでタロットカードを弄っていた少女が項垂れ、枕を抱えて横たわる少女がその様子をじっと見詰めていた。
情けない声を上げていた少女が、首の後ろ辺りを触り、唸る。
「すいちゅうくんr、あ、なし!今のなし!えーっと、……」
この言葉遊びを始めてから時計の長い針はかなり歩を進めている。
ずっと、それこそ始めてからずっと続いている決まった返しに困っているのは長い髪の少女。
俯いて唸っていた少女ははっと顔を上げ、どうだと言わんばかりに笑顔を浮かべた。
「すおむす!」
「すふぃんくす」
「……ぇー」
完璧だと思われた切り返しは速攻で打ち返された。
また頭を抱えた少女を、その困らせている本人である短い髪の少女は変わらずじっと見詰めている。
ずっと、最初から、この言葉遊びを始めたきっかけは、本当に些細な想いから。大切な想いから。
“す”。
それから始まる、あの言葉がほしかったから。
長い髪の少女がやっと思いついたのか、短い髪の少女を微笑んで見詰めた。
「すき
「!?」
やき!!!」
すき焼き。
肉や他の食材を浅い鉄鍋で、焼いて煮た、あるいは煮た料理である。調味料は醤油、砂糖が多用される。扶桑の定番メニューである。
あれ美味かったよなー、と少女が続けて言った。どうしようもなくのほほんと言った。
色々と無駄だった。さきほどの最初の二文字に跳ねた鼓動も、思考も、頬の熱も。ぬか喜びだった。
行き場のない遣る瀬無さだけが、短い髪の少女の内に残った。
「……か」
「うん?」
返ってくる言葉を待っていた長い髪の少女の耳に届いたのは、どこか冷たい声と、先ほどまでの瞳ではなく、どこか睨んだような、そんな視線。
アメジストの瞳を丸くすると、エメラルドの瞳が逸らされる。
「ばか」
「ば、え?“き”だぞ?」
首を傾げて訂正すれば、枕に埋まる短い髪の少女の顔。
くぐもった声。
「ばか」
「お、怒ってる?」
うろたえた声に、ちらりと見えた瞳は、やはり不機嫌そう。
長い髪の少女が言葉に詰まっていると、また隠れてしまう瞳。
ぐいっと掴まれた、空色のパーカー。
「ばか」
「ええええええええ……」
情けない声が、暗闇に溶けた。