ちょうだい



相変わらず、宮藤とリーネは仲がいい。
そりゃあもう、仲がいい。手を繋ぐなんて当たり前。額を合わせんばかりに近づくのも当たり前。目があって笑いあうのも当たり前。仲いいなお前ら。
そんな姿を見るのなんてもはや日常で、ありふれた光景で。だから今日も私はそれを背景の一部みたいに視界に映して、窓枠に寄りかかってぼーっとしていた。
今度はなんだ、見詰め合っちゃったりなんかして。はいはい、お熱いこって。
そんなことを考えていたら、譜面をピアノまで取りに行っていたサーニャが戻ってくる。
少し笑って迎えると、サーニャは私の隣ではなく、私の前に立ち止まった。


「サーニャ?」


どうしたんだろう。
サーニャは私を見て、それから少し俯いた。気分が悪いんだろうか。それとも眠いんだろうか。声をかけようとして。
その小さな手が私の服のお腹あたりを掴んだ。
呼吸が止まる。心臓ももしかしたら一瞬止まったかもしれない。一気に色んな事を考えて。処理が追い付かない。
だって、サーニャがこうしてくる時は、決まって。
熱が顔に集まる。おい、こら、宮藤たちのところに戻れって。あっついだろ。


「さ、さーにゃ?」


声が上擦る。小さな声で呼びかける。大きな懇願を込めて。
ほら、ここはミーティングルームだし。私の部屋じゃない。それに二人きりでもない。
ほら見ろ、宮藤も居る、リーネも居る。それにハルトマン中尉だって・・・あれ、いつの間に居たんだこの人。っていうか、何でこっち見てニヤニヤしてんだ。何だよ、その視線。私をそんな目で見んな。
威嚇しようとしたら服が引かれる感触。慌てて視線を戻せば、サーニャがこっちを見上げていた。心なしか、何か、瞳が潤んでる気がする。いや。その。


「えいら」
「あ、えっと、ほら、・・・」
「・・・・・・・・・」
「ぁー・・・・」


そうだ。サーニャはこうなってしまうと、その望みが叶わない限り離してくれない。本当に初めは困った。何をしたらいいのかわからなかった。何をすればいいのかわかった後でも困った。だって、そうだろう。今でも困っている。本当に。
何が引き金だったのか。きっと、たぶん。あの二人だけの世界を形成している軍曹コンビのせいだ。お前ら後で覚えてろよ。今度から私の前でそういうことすんなよ。いや私の前では別にいいけど、サーニャの前ではすんなよ。
ああもう。翡翠色がせがんでいる。


「へ、部屋戻ろう?」
「いや」
「・・・・・・・・・・・・さぁにゃぁ」
「いや」


後生だから。お願いだから。そう思いを込めていっても聞いちゃくれない。
サーニャが頑固だということを、私はよく知っている。とてもよく知っている。知っているけどここは聞き入れてほしかった。だって、恥ずかしいじゃないか。それ自体も恥ずかしいのに、もっともっと、恥ずかしいじゃないか。
こら、そこのスーパーエース。何だよ、何だよその視線。こっち見んなよ。オッケーじゃねぇよ。何にもオッケーしてねぇよ。いや、目隠ししても、それ、指の隙間からばっちり見えてるだろ。
服が引っ張られる。ちょっとむくれた翡翠色。


「ど、どうしても?」


どうしても。視線で返ってくる答え。
軍曹コンビは二人の世界。もう一人は自分の目を両手で覆っている。
そうだな、見られてないな。一応。そう考えることも出来る。ていうか、そう考えなきゃやってられない。そう思い込め。誰も見ちゃいないんだ。


「えいら」


ああ。もう。
短く息を付いて。
私はサーニャの頬に手を添えた。


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