覆い隠す



珍しく、彼女が転寝をしているところを見つけた。
私が近づいても身じろぎひとつせずに、静かに寝息を立てていた。
ブリーフィングルームのソファに身体を深く凭れて、彼女は眠っていた。
彫刻のように整った、石像のように感情の色を持たない、そんな彼女の寝顔をしばらく眺めて私は思う。
寝顔を見られるけど起こさない。起こしてしまうけど寝顔を見られない。
二つを天秤に掛けて、私は前者を選んだ。
急ぎ足で手にして戻ってきたのはタオルケット。忍び足で彼女の身体に掛けた。
思考は一瞬。
その隣に、身を潜りこませた。


「堅物呼んできて写真撮ってやろうか」
「結構だ」


ニヤニヤニヤニヤニヤ。
対面からうざったいほどのニヤけた笑み。
見つかった相手が悪かった。その気配で起きてしまった私も悪かった。そもそも、ここで寝てしまった私が悪かった。


「いつもと逆とは珍しい」
「うっせぇ」


隣で小さな寝息を立てるこの子は何にも悪くない。
こんなとこで眠ってしまったバカを起こすこともせず、わざわざタオルケットまでかけてくれたんだ。
ああ。なんて優しいことだろう。
そしてなんて私の馬鹿なことだろう。


「どうせなら二人とも寝てるところを鑑賞したかったな」
「やめてくれ」
「お前、私がこの部屋に入ると同時くらいで起きただろ」
「伊達に軍人やってねーよ」
「……」
「何だよ」
「いや、御馳走様」
「はあ?」


それにしてもこの子はいつからここに居るんだろう。
隣をそっと覗きこめば、タオルケットに口元を埋めて、瞼が上がるそぶりはない。私の肩は枕としての機能を十分に発揮してしまっているようだ。良くも。悪くも。
未だこっちをニヤニヤ見てくるやつの気配に起きて、気付いて、驚いて。さらに驚いて。異様な緊張感を私は保持している。


「丁度いいんだろうな、お前の肩。色んな意味で」
「色んな意味って何だ」
「そこは言っちゃいけないんだよ」
「何なんだよ」


本当なら、本来なら、本音を言うなら。
寝顔を見せたくない。誰のって、そりゃあ。いや。そうじゃなくて。そうだけど。こんなソファで寝るより、ちゃんと横になって、ベッドで寝てほしいんだ。
部屋で寝てる時間のはずなんだ。そう言えばこの子は何でここにいるんだろう。
少し考えて、私の意識はまた戻される。目の前の人じゃない。隣のこの子じゃない。いや、この子だけど。そうじゃなくて。私のことでもある。
要するに私は、ソファに二人ですわりこんで一つのタオルケットで寝ている、この状況を見られてまでもこの場を動けない理由があった。
この子が寝ているから。そんなことじゃない。
覆い隠されてしまっている、もっともっと重大なこと。


「起こさないのか?」
「良いだろ別に」
「いつもだったら眠り姫を部屋にお連れするだろう?」
「ああもうあっちいけよ」


溜息をついて俯くふりをして、タオルケット越しにそれがある場所を見る。
起きてから、今まで。きっと、この子が眠るその瞬間から。
頬に宿る熱は触れる柔らかい銀髪のせい。聞こえる寝息のせい。香る甘いような匂いのせい。
この子のせい。私のせい。


「ふぅん?」
「ルッキーニのとこ行けよ」
「あいつもお昼寝タイムだからな」
「いいからどっかいけってば」


私は、この子が起きるのを粛々と待つ以外に残されていない。

だってそうだろう。

ぎゅっと握られたこの右手。

振りほどくなんてこと、私には出来るわけないんだから。


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