毛布<<<(越えられない壁)<<<?



昼間は暖かいけれど、朝晩は冷え込むようになってきた。
私はベッドの隅に押しのけられたタオルケットじゃ満足できなくなってきて、かといって部屋のどこにあるか解らない毛布を出すのもめんどくさくて。
ご相伴にあずかろうと枕抱えて訪ねた部屋の主に、後で返せ馬鹿者、と毛布を投げつけられた。
よって、私は毛布を買わなければいけない事態に陥っている。探す?買った方が利口だって知ってる。
買うとなれば良いものを。そう思うのは普通だろう。というわけで、相談してみたのだ。
どんな毛布がいいかなーって。


「聞いたわけ」
「帰れ」


とっても嫌そうな顔して言い放ったこやつのマグカップを奪って一口。
うええ。やっぱりブラックコーヒーか。飲むなよ、そんな叫びも聞かない。ポケットから取り出した粉末ミルクと砂糖をぶちこんで、私専用カフェオレ出来あがり。
部屋で香炉を弄っていたエイラは私の来訪を快くは思ってないらしい。
スンと鼻をひくつかせれば、微かに香の匂い。どこか不思議な柔らかい匂い。
ついさっき嗅いだような気がして、考えるまでもなく結論に行きつく。ああ、はい。そういえば。そうだった。


「ほら、柄とか、品質とか、材料とか、色々あるじゃん」
「心底どうでもいい」
「一番安眠できるのどれかなって悩むじゃん」
「聞け」
「もー、今は私が喋ってるでしょ。その後ちゃんと聞いてあげるよ」
「そういう意味じゃねぇ!」


もーいやだこの黒い悪魔。なんて失礼な。こんなスーパーミラクル美少女になんて対応だ。まったく。
突っ伏していたエイラは頬杖をついて私を見やる。面倒くさい。顔に書いてあるよ。
でもそうやって対面に座ってくれるところとか、むりやり追い出さないところとか、割と好きだよ。


「それでね」
「あー、はいはい」
「さーにゃんに聞いたわけですよ」


おお。明らかに目の色が変わった。
口端を上げた私から、エイラは視線を逸らした。でも聴覚は完全にこっちに集中しているだろう。
あわよくば毛布を買い替えようなんて思っているに違いない。エイラはそう言う人だ。


「で、サーニャは何て言ってたんだ」
「知りたい?」
「話し始めたのはそっちだろ」
「ふふん、どーしよっかなー」


恨めしげで、どこか焦った視線が返ってきた。気になってしょうがないんだろうな。
心優しい私は、意地悪はそこまでにする。
私は思い出す。今、この部屋に漂う匂いを纏った人から、聞いた言葉。


「毛布よりもあったかいものがあるので。」
「はい?」


少し頬を染めて、ああこれ絶対色んな人を撃墜しちゃうなぁって表情で言われた、その言葉。
その言葉の原因は、訝しげに眉を寄せている。


「そう言われちゃってさー」
「毛布より……、何だそれ……」


もう私の声なんて聞いちゃいない。
エイラは思考の渦にのまれている。サウナだとかお風呂だとか、そんな見当違いのことを言っている。
あの子が言ったのは、そんな取って変われるようなものじゃないのに。
ずるいなぁ、って、思う時がある。何にとか、何がとか、理由は色々あるけれど、特定は出来ない。ただ、ずるいなぁ、って。
両手を広げれば、全部手ずから与えてくれるんだもの。両手を広げたって、それを一度置いて、それでも私が自分で取らないからやっと渡してくれるあの人と違って。
それに気付いてないのは、どちらも同じだけど。


「エイラって色んなこと損してるよね」
「はあ?」


色んなぐるぐるしたものとか、微笑ましさだとか、そう言うものを全部カフェオレと一緒に飲み干す。
決めた。
毛布を買うのは止めよう。
そう、どんなにいい毛布だって、今私の部屋のベッドの上にある毛布には敵いやしない。
返せって言われたって、返してあげないんだ。

どんな毛布よりあったかいからね。


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