君にとっての私は



「ぐえっ!!!」


何かが圧し掛かる、というより落下してきた衝撃で目が覚めた。
強制的に起こされた脳みそで瞬時に状況把握を開始。
じんじん痛みを訴える腹だとか、安眠を妨害された怒りだとか、色々含んだ視線と思考をもってして私はその原因を見て。


「誰だ、よ、ぉ……」


叫ぶ声を特大のため息に変えた。
いつもと違うスプリングの軋む音がする。
夕食を終えて、風呂も済ませて、確か、そう、部屋に戻ってきて、本を読んでいた。
ちょっと寒かったからベッドから枕とタオルケットを持ってきて、ソファに寝転んで、そうだ、そう、寝ちまったんだ。
胸元に本がなくてよかった。倒れ込んだ拍子に怪我させちゃってたかもしれないし。
まず思ったのがそれで、次に思ったのが疑問。


「何で、こっち来たんだ」


ドアを挟んでベッドは向こう側。ソファとは反対側だ。
いつものように倒れ込むのは二段ベッドの一段目であって、いや、本当は二段目に行って欲しいんだけど。
扉から点々と落ちているモノトーンの軍服は、確実にベッドへと続いている。それつまり、この子はベッドへ進んでいった何よりの証拠。


「ぇ」


そこで一気に覚醒する。どこか朧気だった思考もクリア。というより、オーバーヒート。
状況把握は周りと言うより、私自身のことへと移行。
見えないけれど足に触れているのは、いつもの重ね履きのズボンに隠された白い脚。
お腹に乗っているのは、細くて折れそうな華奢な身体。
パーカー越しに伝わるのは私より高めの体温と、胸元に沁み込む吐息。
喉をくすぐるのは、なんだかとってもいい匂いがする、銀色の猫っ毛。
あれ。
これ。
まずくないか。


「      」


変な声が出た。
と言うより変な空気が圧縮されて口から飛び出た。
インナー姿だと認識したが最後。くっついていると意識したが最後。
えらいこっちゃと騒ぎ出す心臓。全身の熱が上昇。やべ、顔、めっちゃ熱い。


「ん……」


あの耳くっつけてるのそこだと心臓煩くないですかああぐっすりお休みですねうわあああああああああああああああああああああ身動ぎしないでくださいマジでちょっと寒いんですかそうですね足を絡ませないでうわあああああああああああああああああごめんなさいほんとごめんなさい何もしないですからほんとちょっとほんと何もしないうちに離れてうわああああああああああああああああ
ぎしりと固まった身体だとか頭蓋骨に響いている叫びだとかそんなことを知る由もないお姫様は据わりが良くなったのかまた規則的な寝息を立て始めた。
私はと言うと。


「…………………」


疲労困憊だ。
睨みつけるように見ていた天井から、視線を恐る恐る下げれば、やっぱりそこには銀色と白。ああ目の保養どころか中毒性ありの猛毒です本当にありがとうございます。
うへえ。
変な溜息っぽい重い息を吐き出す。
それに合わせて銀色が微かに上下。もはや凭れてるとかじゃない、上に乗ってる。
首を後ろにそらせば遮光カーテン。外の景色は見えないし、光も届かないけれど、たぶん、というよりこの子帰ってきたんだから早朝だろう。


「何で朝っぱらからこんな疲れなきゃならないんだー……」


いっそ一日の終わりより疲れている。
ゆっくりと腕を上げる。触らないように、慎重に、確認しながら。ひっ、ちょっと、パーカー掴んでるじゃないか、逃げられない。
なんとか脱出に成功した両腕。抜け出したはいいけれど行き場を失ったそれ。
左腕をそのままに、右腕でソファの下を探る。
探し物のついでに、視線を部屋に向ければ、散らかったままの軍服。皺になっちまう。


「さーにゃぁ、降りてくんないと服畳めないんだけど」


起きるわけもない。
起こせるわけもない。
指先に触れた綿生地を手繰り寄せて、左腕も使って、どうにかこうにか広げて、サーニャに掛ける。
タオルケットをかければ絡んだ足を解いてくれないかなーなんて思っていたけれど、逆に擦り寄ってきてどうしようかと思った。
これは信頼なのか、信用なのか、遊ばれてるのか、それとも高をくくられているのか。
私が、サーニャに、何もしない。
って。
出来ないんじゃなくて?
誰かの笑うような声が脳に響く。うるさい。


「誰にでも、こうなのかな」


いやまあ、わかってるんだけれど。この子は、サーニャは、寝惚けてるだけだ。
信頼も、信用も、あまつさえ遊びなんてそんなことはない。
ただ、きっと、思考もはさまないくらいのこと。
左腕を自分の頭の下にして、寝顔を少しだけ垣間見る。
おだやかな、ねがお。


「いやだ、な」


誰にでも見せるなんて。
瞼を下ろして、息を吐く。
ああ。
いやだな。
こういうこと、考えるの。


「サーニャ、私午前中訓練なんだけど」


気持ち悪いものを頭の隅っこに追いやって、聞こえていないことを呟く。
手持無沙汰になった右手で、弱く触れた銀色。


「遅刻したら、怒られるんだけど」


銀色が、滑るように指から離れる。


「サーニャ」


なあ。


「サーニャ」


ねがおが。


「    」


しあわせそうにみえたのは、つごうのいいさっかくだよな。


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