いちばん



サーニャがわがままを言ったのが、とても意外で、とても驚いたのを覚えている。
それは昨日のこと。
明日の夜間哨戒、一緒に来てほしいの。
そう、寝起きでどこかふわふわした声で、それでも真っ直ぐな瞳で言われた。
わがままっていうのは言いすぎかもしれない、お願い、だろうか。
それでも、サーニャがそんなお願いを言葉するのが珍しくて、嬉しくて。何度も必死に首を縦に振った。
そんな私にはにかんで、ありがとうと口にした女の子がとてもとても可愛くて、私は今度は必死に首を横に振ったんだ。
転がるように隊長執務室に駆けこんで、夜間哨戒任務をくださいって言って、どうしてって言われて、何だかとても照れくさかったから、私が行きたいから、とだけ伝えればミーナ隊長は苦笑して、頷いてくれた。
また転がり込むように部屋に戻って、サーニャに許可を貰ったことを言うと、またありがとうって言われて、何てことないって、なんて言って。
そうして、私は一日をとても気分よく、とても長く感じながら過ごした。
サーニャがそんなこと言ったのはどうしてだとか、そんなことは深く考えなかった。ネウロイの襲撃予告はないし、雷雨の予報もない。サーニャが楽しみにしているクラシックのラジオも違う曜日。ちょっとだけ考えて、それでも“サーニャのお願い”ってだけで、私にはどうでもよくなった。
最高の機嫌。私の頭の中は夜間哨戒のことだけで、他のことなんてさっぱり入って来なかったんだ。
そうして。一日経って。
ぱたぱた揺れてしまう尻尾を風のせいってことにしながら、私は滑走路にサーニャと並んで立つ。
あとは離陸。というところで、サーニャが私の方を向く。


「エイラ」
「ん?」
「あのね、懐中時計、持ってるよね」
「うん、持ってるぞ」
「夜間哨戒中、貸してほしいの」
「あ、うん、いいけど」


ポーチに入っている懐中時計をサーニャに渡す。チェーンに繋がったそれをサーニャは、一度蓋を開けて、閉じた。
自分のポーチにそれをしまうサーニャを見ながら、私は今日の星空は綺麗だろうか、なんて考えていた。だって、せっかくの夜間哨戒だから。


「ありがとう」
「いいっていいって」


流れ星も見れるといいな。そんなことを思いながら、私とサーニャは離陸した。


◆◇◆◇◆


エイラと飛ぶ空が、好き。
私には眩しすぎる青空も、私が溶け込む夜空も。エイラと一緒なら、何だか特別なものに感じるようになったのはいつのころからだろう。
その特別なものが、当たり前のように思えるようになったのは、いつのころからだろう。
そして、それが特別なことだと思いなおすのは、何度目だろうか。
白金の髪、白い肌、青い軍服。金と青の光が織り成すこの月の下の空は、エイラをとてもとても、神秘的に見せる。いつものエイラじゃないような、そんな。
それでもエイラがエイラだと思えるのは、悪戯っこのような人懐っこい笑みだとか、私に掛けられる平坦な音をしたあったかい言葉だとか。そういうものがたくさん私に向けられているから。


「そう言えば、サーニャ」
「何?」
「何で時計貸してなんて言ったんだ?」


エイラがそう聞いてきたのは、私がポーチから懐中時計を取り出して蓋を開けるという行動をやり始めて五度目の時だった。
私は懐中時計の蓋を開けたまま、エイラを見る。
時計を見るのは、時を知るため。月の高さや、感覚で大体の時間は読めるけれど、正確には解らない。
そして、今夜は、正確な時間が知りたかったから。
エイラが首を傾げている。エイラの顔が、ぼんやりと翠色に照らされる。月の光じゃない。私の魔導針の光。


「今夜は、特別なの」
「特別?」
「うん」


ほら、もう少し。
エイラが整備しているこの時計に、狂いはないだろうから。


「今日、何かあったっけ?」
「ううん」
「へ?」


ほら、あと少し。


「今日じゃないの、今夜が特別なの」
「今夜?」


ほら。もう。


「エイラ」




00:00




「誕生日、おめでとう。エイラ」


淡いピンク色の光に照らされて、きょとんとしたエイラに。
私は、精一杯の笑顔を向けた。


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