交換中



「なんかさー、いっつも同じでつまらないと思うんだよね」
『は?』


そんな一言が引き金でした。


――――――


いつも同じ服ばっかり見てつまんない!といいだしたのはエーリカさんでした。
何故そんなことを言い出したのか、そしてその手に握られた雑誌にファッション特集が組まれていたことは誰も知りません。誰も気にしません。だってエーリカさんが言いだしたのですから。
そうして、たまには違う軍服着て見たらいいんじゃないかな!と勝手に結論付けるまでさほど時間はかかりませんでした。
その場に居た隊員のうち数人の軍服の上着を借りて、というよりも強制的に提出させ、うち一人が軍服は軍人にとっての誇りであってうんぬんかんぬんとか説教しようとしましたが。


「あっ、宮藤は着る側ねー」


という一言により陥落しました。反論したのが誰だかさっぱりわかりませんね。しかたないなたまには違う軍服に袖を通しその国の誇りに触れるのもいいものだうんぬんかんぬんとか言っていたのが誰だかさっぱりわかりませんね。
と、いうわけで。
隊員の年少組のほとんどを引きつれて別室へと消えたエーリカさん。
そして軍服をとられた側はミーティングルームに集まっていました。廊下で上着を提出させられたシャーリーさんもその一人であったらしく、しかたないなという言葉が似合う苦笑いを浮かべてソファに座ります。


「シャーリーも上着取られたのか」
「おー、何だ。エイラもはぎ取られた派か・・・・って、白っ!」


背後からの声に振り向けばそこにはエイラさん。
そしてその姿を見たシャーリーさんは驚きます。白いのです。とっても、白かったのです。思わず上から下までずぃっとエイラさんを眺めて、シャーリーさんは言いました。


「・・・・、白ッ!!」
「二回も言うなよ。聞こえてる」
「お前軍服の上着ないとめちゃくちゃ白いな。何か全部白いな」
「うるせーよ」


白金の髪。北欧出身の肌。Yシャツ。重ね履きのズボン。軍靴。ほぼ白です。眩しいくらいです。他の人にも言われたのでしょうか、うんざりした顔のエイラさんはシャーリーさんの隣に座ります。ひじ掛けに頬杖をついてつまらなそうなのは、きっと隣にいつも居る人がいないせい。というよりもエーリカさんに取られたせい。


「何考えてんだあのすちゃらかエース」
「さあ?」


誰にもわからない思考。付き合いの長いカールスラントの二人でさえよくわかっていないそれを理解するのはきっと不可能です。
シャーリーさんがミーティングルームを見回せば、ここにいるのはシャーリーさんたちの他に、三人。全員軍服の上着がありませんでした。


「・・・・・坂本少佐はアレでいいのか」
「良いんじゃないか。フッツーに茶啜ってるし」


扶桑海軍の紺色のインナーのままどっかりソファに座り日本茶を啜る人もいます。
その姿にえも言われぬ何かを感じた二人が苦笑いを浮かべていると、廊下の向こうから足音。どうやら着替えは終了した模様です。


「はぁーい、お披露目ー」


そういって入ってきたのはエーリカさん。その身体を包むのはカールスラントの軍服。ただし、指先が出ていないくらいにだぼっとしていましたが。
ぞろぞろと入ってくる着替えを終えた年少組。最初に駆けだしたのは一番小さな影でした。


「シャーリー見て見てー!!」
「おおルッキーニは私のか!」
「似合ってる?可愛い?」
「可愛い可愛い。何着ても似合うなー」
「えへへー」


シャーリーさんに抱きついたルッキーニさんは袖が折れてしまうくらいに大きなそのリベリオンの軍服を着てご満悦でした。そしてそれを見たシャーリーさんもとても包容力のある身体でそれを受け止め、微笑んでいました。
確かに、可愛いです。だぼだぼな服に着られてる感がとても可愛いです。シャーリーさんでなくても頬が緩んでしまいそうです。
そしてルッキーニさんほどではありませんが駆け出した人がもう一人。


「お、ペリーヌが私のを着たのか!」
「は、はいっ、光栄ですわ!!」
「似合ってるじゃないか!はっはっはっは!!」


憧れの美緒さんの制服を着て大変に幸せそうなペリーヌさんでした。
普段の濃い青色の服とは違い、その白い服を纏うペリーヌさんはその容貌と相まって、先輩のを着ました感がこれもまたいい味を出しています。
いつものように笑い、ペリーヌさん肩をぽんぽん叩く美緒さん。


「もし扶桑に来ても何の問題もないな!!」
「ふ、扶桑に来ても・・・!?」


扶桑の後に海軍がつくのですが、美緒さんは省略していました。そしてその言葉をペリーヌさんが嫁にこい的な発言だと勘違いしているのは言うまでもありません。
これだから扶桑の魔女は。
そしてもう一人の扶桑の魔女はというと、おずおずとその身を包む軍服の持ち主のところに進んでいました。


「あ、芳佳ちゃん」
「リーネちゃん!に、似合うかな?変?」
「そっ、そんなことないよ!」


自分の軍服を着た芳佳さんを見て、何だか言いようもない感覚になるリーネさん。
ブレザーという扶桑ではあまり着ないそれを着た芳佳さんはそれは新鮮なものでした。ルッキーニさんとは違う服に着られた感といいましょうか。それが逆に微笑ましいです。
リーネさんは何だか慌ててしまいながらもその手をとります。


「似合ってる!あ、えと、とっても、あの・・・」
「う、うん・・・」


そして照れて黙ってしまう二人です。二人とも可愛いです。
そんな初々しい二人とは別の意味で会話のない二人も居ました。
シャーリーさんがその二人に気付き、そして寄ってきたエーリカさんに片手をあげて挨拶しつつ親指でその二人を示します。エーリカさんもその二人を見て、笑いました。


「ハルトマンが着るとそれも何だか見栄えが違うな。似合ってるじゃないか」
「そっかな、ありがと」
「サーニャも。いつも黒い服だから、新鮮だな」
「でしょ?明るい色も似合うよねー」


視線の先、その一人はサーニャさん。
空色の自分には大きめな軍服を着て、対面の人を首を傾げて見ていました。その姿は仕草とよく合い、とても可愛らしいものです。好んで身につける黒とは真逆といってもいいかもしれない明るい色も似合っていました。
そして視線の先のもう一人はというと。


「あいつはぷるぷるしながら何してんだ」
「耐えてるんじゃない?色々と」


口元を押さえて、サーニャさんから顔をそむけてぷるぷる震えているエイラさんがいました。
どうやら今色々と大変みたいです。とても大変みたいです。サーニャさんが顔を覗き込もうとすると断固として見られようとしないくらいには。
そんな楽しそうな組み合わせを見ながらとても楽しそうだった発案者のエーリカさんに近づく、言いようのないオーラを纏った人がいました。


「ハルトマン」
「あ、トゥルーデ何?」
「何故同じカールスラント軍人が私のを着ている」
「えー?いいじゃん」


どうやらゲルトルートさんの当初の思惑とは外れていたようです。
目の前でぶかぶかの軍服を着て、くるりとその場で回るエーリカさんを見て、ゲルトルートさんの眉根がさらに寄りました。そんな表情を見上げて、エーリカさんは笑います。


「ねぇ、似合ってる?」
「まずリボンがだらしない」
「・・・・・・・・・・・ちぇっ」


期待した言葉が貰えなかったのでしょう、拗ねた表情のエーリカさん。指先で首元の左右不釣り合いになったリボンを弄ります。そしてゲルトルートさんを見上げて言いました。何だかとっても不機嫌な表情でした。


「ならトゥルーデが結んでよ!」
「何で私がしなきゃいけないんだ!」
「けちー!!」


そして逃亡。


「あっ、こら待て!それを脱げ!!」
「やだよーだ!」


追いかけてくるゲルトルートさんに少し嬉しそうに頬を緩めて、それでも逃走を続けるエーリカさん。ちょこまかと風のように逃げるエーリカさんは猟犬を使い魔に持つゲルトルートさんでも捕まえるのは難しく、その追いかけっこを終わらせたのはミーティングルームに現れた新たな人物。
書類処理を終えてやってきたミーナさんでした。
ミーナさんはまず室内の現状を把握、溜息と共に微笑みます。どうやら何となく経緯を察したようでした。流石隊のお母さんです。お父さんが混ざって遊んでても溜息で許してくれます。
ミーナさんを見つけるやいなや、その背中に隠れて舌を出すエーリカさん。


「ミーナ助けて!襲われる!!」
「誰が襲うか!!」
「カールスラント空軍所属ゲルトルート・バルクホルン大尉がであります」
「ハルトマン!!」


自分を挟んで威嚇し合う同郷の二人を手のかかる子たちを見るような瞳で見て、ミーナさんは苦笑しました。


「ああ、フラウもトゥルーデも、落ち着いて」


あえて私用の呼び名で二人を呼ぶミーナさん。
ゲルトルートさんがミーナさんに苦言を呈します。


「ミーナはこいつに甘い!」
「貴女には負けるわ」


けれどそのさらりとした返答に言葉を詰まらせるしかなく。


「えー?トゥルーデ厳しいよー?」
「はいはい、優しいの解ってるのにそういうこといわないの」


エーリカさんも頭を撫でられながらそう言われれば黙るしかありませんでした。
さすがすぎます。さすがの対応です。大人しくなるスーパーエース二人を見て、美緒さんが少し笑っていたのは秘密です。
何だか騒がしいそんな状況に置いて、あまり喋っていない人がいました。その人は目の前の固まっている人から意識を自分の着ている軍服に向けたようで、余った袖をじっと見つめていました。その人に近づく芳佳さんとリーネさん。


「サーニャちゃん?」
「ぇ?」
「どうしたの?固まってるけど・・・」


声を掛けられてやっと二人が近づいてきたことに気付いたのか、サーニャさんは顔をあげて、それからまた袖を、軍服に視線を落としました。


「何でもないの。・・・・ただ」
「ただ?」
「この軍服、エイラの匂いがするから」


少し染まった白い頬。


「エイラに抱かれてるみたいで・・・」


その静かな言葉は、騒がしいこのミーティングルームに妙に通りました。
そして五秒ほどの沈黙が流れるくらいには、衝撃的でした。
まず反応したのは二人。最速と最強。シャーリーさんとエーリカさんはすぐさま、あまりのことにサーニャさんを凝視するしかなかったエイラさんに矛先を向けます。


『エイラッ!!』
「ちちちちちち違うまだしてない!!!!!」
『まだって言った!!!』
「うううううううううううううううるせええええええええええええ!!!!」


至高の回避はどこへやら。墓穴を掘ったエイラさんは白さに際立つ赤をその顔に映していました。追撃する二人の他に反応しているのは、顔を真っ赤にしたリーネさん。憤慨しているペリーヌさん。困ったように微笑んでいるミーナさん。あとはよくわかっていませんでした。
助けを求めるようにサーニャさんへと向かったエイラさんの視線。


「エイラ?」
「あああああああああぁぁぁぁぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


しかしサーニャさんは解っていないのか、エイラさんの軍服効果か、エイラさんのYシャツの裾を握って首を傾げるという破壊力抜群の仕草をエイラさんにぶちかましてしまったのです。
エイラさんが崩れ落ちます。撃沈です。今日だけで何被撃墜でしょうか。
がしり、と両脇から肩を掴まれるエイラさん。


「エイラ!!詳しい説明を要求する!大尉命令だ!!」
「うわ、せこッ!!階級せこい!!!」
「私も中尉として命令するよ!」
「お前ら最悪だ!!!!」


シャーリーさんとエーリカさんに連行されるエイラさん。
三人が去り、ミーナさんの一言で解散になったこのお遊び。
一番の被害者はきっと今質問攻めにあっているエイラさん。そして一番の加害者で、一番の利益を得たのは。


「♪」


空色の軍服を着て、嬉しそうに歌を口ずさんでいるサーニャさんだったのでしょう。


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