私のだもの



優しい日差しと爽やかな風に誘われてやってきたのは中庭。
私が木漏れ日の中を歩いていると、木の陰から風に遊ばれたプラチナブロンドが目に入った。
光の加減で銀色にも、淡い金色にも見えるその髪を持つ人は一人しかいない。


「エイラさん?」


声を掛けても反応はなく、ただ何故か焦る気配が感じ取れた。
静かにしなくてはいけない気がして、ゆっくりと近寄れば。


「ぁ」
「しぃー・・・・ッ!!」


表情と極力声量を落とした言葉で静寂を願う人と、その原因がそこにいた。


――――――


「ありがとな」
「いえ、私、ここにいていいんですか?」
「リーネはそんなに騒がしくしないだろ? だから大丈夫だって」
「そういうものですか」


小声の会話。
私は見つけた人を、人たちを改めてみる。
木を背凭れに座ったエイラさん。
そのエイラさんの懐で眠るサーニャちゃん。
さきほどエイラさんが身動きを取れなかった理由は言わずもがな。
片腕はサーニャちゃんを抱えるように背中を支えて、もう片腕は、片手はサーニャちゃんの手が柔らかく拘束している。きっとエイラさんにはどんな拘束よりも強固なそれ。
まるで、お姫様だっこから、そのまま懐に下ろしたような、そんな抱え方。


「どうしたんですか?」
「ん?」
「お昼寝ですか?」


私が言った質問に、どうしてそんな体勢を?という問いも含まれてるなんてこの人はちっとも思わないだろう。
エイラさんはいつもは色のない表情を多彩に染める。困ったように、はにかんで。


「散歩したいっていってきてさ。中庭に来たは良いけど眠くなったみたいで、部屋に帰ろうっていっても聞いてくれなくて、そのままおやすみだ」
「それでそこに収まった、と」
「相当眠かったのかぽすんって。どんなに声掛けても起きないし、揺さぶるのは、・・・・・・出来ないシ」
「・・・・・・・・はぁ」
「だから気が済むまで眠らせてあげようかなーって……何で溜息つくんだよ」


不満そうな眼で見詰めてくる。
深い空のような蒼は誰よりも優しいくせに、誰よりも臆病で。何もかも気付いているくせに、肝心なことには気づかない。気づかないようにしているのかも、知れないけれど。
いつもは密着なんてできないくせに、相手が無意識だと、寝ぼけていると認識すれば何でも許してしまう。何でも臆面なく受け入れてしまう。
ちらりとエイラさんの腕の中の人を見て、驚く。けれどそれも一瞬のことで、特大の溜息が出た。ああ本当に、この人は。


「サーニャちゃんってよくこういう風に寝ちゃうんですか?」
「ん? おお、寝るぞ」
「エイラさんにくっついて?」
「くッ・・・・!?ち、違う。寒かったんだろ? きっとそうだ。だから手頃な暖かいものをだな・・・」
「私たちはそういうことないですけど」
「リーネたちもそうだったら、私が複雑というか、寂しいというか、困ると言うか・・・」
「え?」
「何でもない!」


小さく聞こえた言葉。それに反応したのは私だけじゃない。
大きな声を出してしまって、しまったと固まるエイラさんの腕の中。身じろぎをしたサーニャちゃんがエイラさんに凭れたまま薄く瞼を上げて、少しだけ顔を上げた。
静かなこの空間でも、透明かと思うくらいに微かな声。エイラさんは耳をサーニャちゃんの口元に寄せるように首を傾げた。もちろん私には届かない。


「な、何でもないって。・・・・・・・、ん、大丈夫、寝てていいから。・・・・・・・・、わかった。・・・・・、うん。・・・・・・・・・・・・、おやすみ、サーニャ」


エイラさんのこの微笑みと声。
この時でしか、サーニャちゃんに対する時でしか、私たちは目に、耳に、することができない。
眠ることを許されたサーニャちゃんはまたぬくもりに身を摺り寄せて、瞼を降ろした。
なんていうか、もう、ごちそうさまです。としか言えない。
また静かになった空気を震わせたのは、私の名を呼ぶ声。私が聞いていたい声。
顔が嬉しさを表すのを自覚する。


「ぅわ、宮藤声でけぇよ」
「坂本さん仕込みですから」
「ヘイヘイ。悪いんだけど、リーネ。あいつがここくるとサーニャが起きちゃいそうだから・・・」
「わかってます。私、芳佳ちゃんのところに行きますね」
「ありがとな」


きっとエイラさんは気づいていないだろう。
サーニャちゃんがおそらくずっと起きていることに。瞼を降ろす直前、サーニャちゃんが私のことを一瞬だけ見たことに。
これは私の。お気に入りに擦り寄って匂い付けする猫のよう。
見せつけられちゃった。
本当に、これしか言えない。


「ごちそうさまです、エイラさん」
「ハァ?」


何もわかっちゃいない人にそう告げて、私は私の匂い付けをしにその場を離れた。


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