もうやだこの人
ブリーフィングルームにやってきた私が見つけたのは、ソファに座る、白いワイシャツとプラチナブロンド、その横で丸まる、空色の軍服と銀髪。
ああ、今日はここでおねむなんだ。そう思いながら、眠ってしまった黒猫に、タオルケット代わりを提供しているお守の人を見る。
エイラさんはサーニャちゃんの寝顔をぼんやりと見つめていた。触れるでもなく、起こすでもなく、ただぼんやりと見詰めていた。
いつもならこの空間の邪魔しちゃいけないと、私だったら立ち去っただろう。でもそんなエイラさんが、何となく気にかかった。だから、足音をたてないようにそこに近づいていったのだ。
「どうしたんですか?」
「ん?ああ、リーネか」
背後から小さな声を掛けてもさして驚きもせず、きっと気配で誰が来たかなんて解りきっていたはずのエイラさんはソファの背越しに私を見て、曖昧に微笑む。
私は少しだけ身を乗り出して、エイラさんの横で無防備に眠るサーニャちゃんを覗きこんだ。無防備なのは、安心しているのは、きっとエイラさんが傍に居るからって言うことはわかりきっている。眠りは深い。
「サーニャちゃんベッドに連れて行かなくていいんですか?」
「ああ、うん、そうだな」
いつもなら困ったように、それでも一生懸命に、サーニャちゃんを起こして部屋に連れていくはずだ。そうして、ベッドを占領されて途方にくれるはずだ。
でも、返ってくる言葉はどこか希薄で、中身がない。シャボン玉のようにすぐに割れてどこかに消えてしまう。
やっぱり、エイラさんはぼんやりとサーニャちゃんを見ている。
「エイラさん?」
「ん?」
「さっきからずっとサーニャちゃん見てますけど・・・」
どうしたんですか。
理由なんてないのかもしれない。それが普通なのかもしれない。だってエイラさんの視線の先にはサーニャちゃんが居るのは当たり前だし。逆もまた、そう。それが、普通。
「んー、いや、そうだな、うん、ただ」
ぼんやりと。
本当に、何にも考えていないように、自然な、難しいことなんてこれっぽっちもないというような。そんな視線で。そんな声で。
「可愛いなー、って」
エイラさんは、ぽつりと言った。
「凄く。凄く可愛いんだ。サーニャは可愛い。こんなに可愛い子が居るんだな、って」
単なる事実を言っている。思考なんて挟まない。
「だってさ、全部可愛いんだ。信じられるか?」
例えば、晴天の空を見て、青いなぁって言うくらいの。そんな、口調。
「ずっと見てても、ずっと可愛いんだぞ」
私から視線を戻して、ぼんやりと見詰めた先には、サーニャちゃん。
「ほら、可愛い」
そして、今まで色のなかったエイラさんの表情が、彩りを持つ。
「可愛いよなぁ、サーニャ」
それは、とてもとても、綺麗な表情で。
触れるわけでもない。近づくわけでもない。ただぼんやりと見詰めるだけ。その視線には余計なものなど何もない、ただ一つの気持しかこもっていない。
ああ。
この人は、本当に。
「リーネ?」
何も言わない私を不思議に思ったのか、エイラさんの瞳は私に向く。
それはもう思考を通った視線。色々なものを混ぜ合わせた視線。
さきほどの表情はもう、ない。
「エイラさん・・・」
「な、何だよ」
そこには何を考えてるのかよくわからない、悪戯好きで、不器用で、面倒見のいい、途方もなく優しい、スオムストップエースの姿。
そう、あの表情は、エイラさんの隣に眠る権利を独り占めする人にしか与えられない。
「あっ、心配しなくてもリーネもばっちり可愛いぞ。サーニャとは違った可愛さがあるから自信持てよ!」
「そうじゃなくてですね・・・」
どうしてこうなるのだろう。
子供みたいな笑顔を向けてくるエイラさんは、さっきのエイラさんと同じだけれど、同じではない。今、さっき私が言った言葉をもう一度言ったとすれば、きっと頬を赤くして必死に否定するだろう。見てない!そんなにじっとなんか見てないぞ!なんて言って。今のエイラさんは、そんなエイラさんだから。
スイッチが、あるのだ。きっと。
過剰ともいえる自覚を得たエイラさんではなく、素の、ありのままのエイラさんは、きっとさっきのエイラさん。
そこでふと思う。
もし、もしだ。さっきの、元々のエイラさんであろう、あのエイラさんを前にしたサーニャちゃんはどうするのだろうと。そのサーニャちゃんを前にしたあのエイラさんはどうするのだろうと。
だって、あんな表情で、あんな声色で、あんな言葉で。
そしてあれは、きっと、絶対、片鱗でしかなくて。
・・・・・・・・・・。
どうしよう。
「・・・・・・・、サーニャちゃんが心配」
「は?」
私の予想は、そんな言葉で表すしかなかった。