ああ、うん



基地に隣接した海辺。
ネウロイの襲撃予告もない晴れたその日。
暇を弄んだ昼下がり。そこには501のウィッチが数名。


「泳ぎたいなー」
「待機命令出てるから無理だろ」
「わかってんだけどさ」


新人二人が会場訓練の飛び込みに使った崖から潮風を感じ、シャーロットさんがぼやけば、どこか眠そうな様子で返すエイラさん。
走り回るフランチェスカさんと、付き合わされる芳佳さん。そしてそれを心配げに見守るリネットさん。
肩をすくめたシャーリーさんがフランチェスカさんを呼び、その定位置へと治まるのを疲れながらも羨ましそうに見る芳佳さん。
リネットさんのちょっと呆れた視線なんて気付きません。


「エイラさん、眠そうですね」
「ああ…、ちょっと懐中時計治してたら寝るの遅くなって」
「坂本少佐から貰ったっていうあれか?」
「そ」


ペリーヌさんが聞いたら卒倒もののことをさらりと言うエイラさん。
整備でもみせるその腕は、整備士にも、シャーロットさんにもお墨付きです。
二人がよくわからない時計の構造の話をしているのを傍に、芳佳さんは嘆息。


「へー、私にはあんなの直すの無理だよ」
「エイラさん、これも直してくれたことあるの」


リネットさんがポケットから取り出したのは、細工が美しい、ロケットペンダント。


「ペンダント?」
「うん、お母さんから貰ったもの」


おそらくいつも持っているものなのでしょう。
金具の部分を直してもらったというそれは、少しだけ古い、それでも大切にされていると解るものでした。


「うじゅ!綺麗なペンダント!!」


その煌めきに目を輝かせたフランチェスカさんがシャーロットさんの腕の中から飛び出して、ペンダントを見詰めます。


「見せて見せて!!」
「あ、うん、どうぞルッキーニちゃん」
「やた!」


手渡されたそれを日の光にかざして、くるくる回るフランチェスカさん。
身軽とはいえ、ここは足場が良いとは決して言えません。
それを案じてシャーロットさんが声を掛けます。


「ルッキーニー、気を付けろよ」
「大丈夫!・・・ぁ」


そのタイミングが悪かったのか、どうなのか。
勢いよく振り向いたフランチェスカさんの掲げた手。そこから滑るように抜けるチェーン。
遠心力によってペンダントが向かったのは、崖の先。その下には、浅いとは言えない海。もし落ちてしまえば、小さなペンダントなど見つけるのは困難でしょう。
全員が目を丸くし、その状況を理解しかけている、誰も動かない、動こうとしているその数瞬。
駆けたのは、白金。
躊躇うことなく崖先を蹴り、掌に収めたペンダント。
空中で器用に身を捻り、振りかぶった腕。


「シャーリー!」


シャーロットさんに向けて放物線を描くペンダントと、落下を始める彼女の身体。
シャーロットさんの掌にペンダントが届くとほぼ同時に、水飛沫が上がります。


『エイラさん!!』


慌てて崖先に集まる芳佳さんたちの眼下。
白く気泡をあげていた水面に顔を出すエイラさんが開口一番。


「シャーリー!ちゃんと取ったか!?」
「おー!ばっちり!」


手にしたペンダントを見せて笑うシャーロットさんに軽く笑うエイラさん。
崖の上から、エイラさんの無事を安堵する芳佳さんたちはそんなエイラさんの姿にちょっとだけ微妙な気分になっているのを、本人は知りません。


「エイラさん大丈夫ですか!?」
「平気だって」


浜辺に上がってきたエイラさんに駆け寄る芳佳さんたち。
その中でもリネットさんはとてもとても心配そうな、申し訳なさそうな表情でした。
その気持ちをわかっているのでしょう。エイラさんは子供っぽい笑顔も浮かべます。


「ペンダント、落ちなくてよかったな」


本来なら頭でも撫でてあげるのでしょうが、あげた手が濡れていることに気付いて、苦笑。
リネットさんもそれに小さく笑います。
シャーロットさんに背中を押されて、しょげているフランチェスカさんもまた、エイラさんに近づきます。


「エイラ・・・」
「ったく、気を付けろよ」
「うん・・・」
「まあ、ルッキーニも反省してるしさ」
「ちゃんと見とけよ保護者」
「はいはい」


エイラさんの代わりとばかりにフランチェスカさんの頭をぐしぐし撫でながらシャーロットさん。
エイラさんとシャーロットさんは見詰め合って一拍、にかっと笑いました。


「ナイスキャッチ、シャーリー」
「わざとあたしに投げただろ」
「成功率の高さだよ」
「ま、いいけどさ」


即座の判断。それは最善のものだったのでしょう。少なくともあの状況下では。
さすが、こんなでもトップエース。なんてちょっと失礼なことをシャーロットさんは思っていました。
とりあえずは着替えなくてはということで基地に戻ることになり、全員が歩を進めます。
肌に張り付く髪をうっとおしそうに掻き上げるエイラさん。気だるげなその姿を見て、からかうようにシャーロットさんは口を開きます。


「水も滴るいい女ってか」
「何言ってんだ?」
「自覚なしかつ口を開くとダメダメだな」
「はあ?」


ため息混じりの苦笑いを浮かべるシャーロットさんに眉を寄せるエイラさん。
答えてくれそうにないシャーロットさんにむっとしつつも、エイラさんが基地の入口に視線を戻して、いち早くそれを見つけるのはいつものこと。


「サーニャ!」


寝惚けているのでしょう。ふらふらと覚束ない足取りで歩くサーニャさん。
エイラさんの声で全員がそれに気付き、駆けだそうとしたエイラさんは自分の姿を見下ろし、溜息。


「悪いリーネ、サーニャ支えてやってくれないか」
「え?」
「私こんな格好だしさ」


困ったように口端をあげるエイラさんにはっとして、リネットさんは頷くとサーニャさんの方へ向かっていきます。
何で私じゃだめなんですか。お前は絶対にダメだ。えー。ダメったらダメだ。なんて芳佳さんとエイラさんの会話を後ろに聞きつつ、辿り着いたサーニャさんの傍。


「サーニャちゃん、転んじゃうよ?」
「ん・・・」


ふんわりと自分よりも華奢で小さな身体を支えて、リネットさんは庇護欲ってこういう感じなのかな、なんて思っていました。
リネットさんに凭れて数秒。ほとんど下がっていたサーニャさんの瞼がゆっくり上がります。


「匂い、違う・・・?」


その囁きの意味を理解したリネットさんは、眉を下げます。


「ごめんね、エイラさんじゃないの」
「リーネ、さん・・・」


翡翠色の瞳がリネットさんを見上げて、ほら、とリネットさんが示した方にのろのろと向けられます。
そこには困った顔をして片腕をあげるエイラさんと、そんなエイラさんに苦笑する芳佳さんたち。
エイラさんの制止を聞かず、またふらふらと歩いてエイラさんの近くへやってくるサーニャさん。


「エイラ、どうしたの?」
「いやー、海に落ちちゃって」


だからびしょびしょ。未だに雫の垂れる袖を見せて、エイラさんはリネットさんに視線を向けます。
リネットさんがその視線の意味を察すると同時に、あ、なんて口を開いて。エイラさんがそれに気付いて視線を戻し。


「ちょ、サーニャ!・・・あ゛ー・・・」


こちらに身体を預けてきたサーニャさんを抱きとめて、寝息を首元で確認、水が浸透していくのを目視。
はあ、と溜息を吐いて青空を仰ぎます。


「眠いのにリーネから離れるから・・・」


いや違うから。
その場にいた全員が全員、そう思いましたが口にすることすら何だかバカらしくてその言葉は空気を震わせることはありませんでした。
そして、全員の思考が一致しました。


「……何だよお前ら、その目」


ああ、うん、そういう人だった。


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