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目に映ったのはタロットを指先で弄ぶ、空色の制服。
対面で翻る白の制服と、でたらめな軌跡を描く航跡雲を見上げて、眉根が寄る。


「まったく、あいつらは訓練をなんだと思ってるんだ」
「あら、いいじゃない。楽しむのも一つよ」
「ミーナは甘いんだ」


管制室。
報告書に視線を落とすミーナの口元は笑っている。
五〇一の母親。そう言われるだけはあってなんというか、無茶する子供たちを見守っていると言うか。父親があれだからか、気苦労が絶えないだろうに。


「だいたい、エイラときたらいつもポーチにタロットなんぞ入れて……」
「エイラさんらしいわね」


その固有魔法を使うならまだしも、あいつはタロットにそれを使わない。
あくまで、タロットを、ただそれだけとして使う。


「普段なら何も言わん。だが作戦中は必要がないだろう」


普段ならばそれでいいだろう。
だが、私たちが駆る空は、命のやり取りをも覚悟する。
その場で、曖昧なものが役に立つと言うのか。
ポーチから零れたらしいタロットが空に舞う。それを慌てて追いかけているその姿を見て、さらに眉根が寄った。


「作戦中は、戦闘に必要なものを入れるべきだ」
「そういうバルクホルン大尉は何を入れているのかしら?」
「通信機の予備と、あとは懐中時計だろう? それに……」


邪魔にならぬよう、過度にならぬよう、しかし有益な物を。
指折り数え、ミーナの赤い目が笑う。


「クリスの写真?」
「なっ!!」


喉に言葉が詰まる。
顔に熱も貯まる。


「ミーナ!!」
「ふふふっ」


書類で口元を隠したミーナに二の句を継げなくなる。
視線を空に向けて、くるりと舞う青と白を過ぎ、訓練を見上げる隻眼。それを見詰めたミーナは、またゆっくりと瞼を下ろした。


「確かに戦闘に必要なものを持っているのは大切だわ」


私たちが飛ぶのは生と死の境目。
ならば、少しでも生の方へと向かえるように。


「けれど、それだけじゃないのよ」


下ろした瞼の裏。ミーナが何を見ているのかは知らない。
私を映した赤には、もう何も描かれてはいなかった。


「色々あるの」


色々。
考えを巡らす私に、ミーナは微笑む。


「例えば、戦闘後のためのものだったりね」


戦闘のためではなく、戦闘の後のため。
行き着いた思考。


「……報告書のためのメモか?」
「トゥルーデらしいわ」


呆れ交じりの笑いに見えたのは、気のせいだろうか。
むっと、先ほどとは違う意味で眉が寄る。


「ほら、そんな顔しないで」


ぴしりと人差し指で眉間を突かれた。
力が抜けるよう、そこを擦りながら目で問う。
ミーナが示す、色々、とは。


「そうね……それこそ、自分のためのものでなくても、いいんじゃないかしら」


曖昧な答え。
要領を得ずに、さらに答えを求めようと口を開こうとして。
通信機が繋がる、独特の雑音が耳を突いた。


“みぃなー、おなかへったー”


そして聞こえる、気の抜けた声。


「もう少しで休憩でしょう?」


ミーナの視線が空へと向かう。
金色の、小柄なエース。
誰だか理解したのと同時に、喉が声を出していた。


「ハルトマン!」
“あ、トゥルーデもいたんだ”
「いたんだ、じゃない馬鹿者! 訓練中に私事で通信機を使うな!」


まったくこいつときたら。
視線の先の航跡雲がぐるぐるとらせんを描く。


“ええええええぇ……もう終わりだしいいじゃーん”
「だ。め。だ!!」


うえええ。
力なく下がっていく軌跡。あいつは……!!
ミーナが、笑う。


「お昼ご飯はニクジャガらしいわ」
“ジャガ!? お芋!?”
「ええ、だから頑張って」
“やたーーーっ!!”


その一言で、跳ねあがる線。
頭痛を憶えて、こめかみを抑える。
溜息を押し殺すまでもなく吐き出して、小さな笑いに隣を見れば。


「ね?」


わかるでしょう。ミーナが笑う。


「自分のためじゃなくても、良いと思わない?」


おなかすいたぁ。
もう一度、声が届いた。






Schokolade


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