寝惚けてるんだってば



東の空がやっと明るくなる頃。起きているのは訓練に励む扶桑の魔女くらい。静まり返った基地内。格納庫からふらふらとした足取りでやってきたその人物は、その部屋の扉を開きました。
カーテンに漉された朝日がぼんやりと室内を照らし、彼女の目的の場所を教えてくれています。安眠を享受するために作られた家具。ベッド。
身に纏う軍服を軌跡のように床に落としながら、彼女はベッドへと向かいます。そして。


ぼすっ


ベッドへと降下。すぐさま睡眠の海へと潜航。
夜間哨戒で疲れた身体と消費した魔力を回復すべく彼女は就寝したのです。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、何をしているハルトマン」


かたや、強制起床。


―――――――


「んー・・・・・むにゃ」
「ハルトマン、おい、ハルトマン。何している。いや何故ここに居る」


突然のベッドの振動に飛び起きたゲルトルートさん。
何だと構えれば、隣にはすぴすぴ寝息を立て始めているエーリカさんが居ました。
まだ薄ぼんやりと眠気が覆う頭で状況を把握しようと、ゲルトルートさんはとりあえず侵入者に声をかけつつ周りを見回します。
施錠してあったはずの扉。その扉から転々と続く黒い軍服。自分のベッドで何故か眠るエーリカさん。
状況を理解していくと共に、ふつふつと湧き上がる苛立ち。何故、こんな朝早くに起こされなければいけないのかと。
結果。


「こらハルトマン!!!起きろ!!!」


ぐわしっとエーリカさんの肩を掴んで強制的に座らせます。
うっすらと開いたエーリカさんの瞳には有り余る不満。


「トゥルーデけーわい・・・、そこは今日だけダカンナーって言うとこだよ」
「お前は何を言っている」
「そんであたしにシーツかけてあげて、めちゃくちゃ綺麗に軍服畳んで、全部終わったら隣で二度寝するのがベストアンサー」
「誰のことを言っている」
「ただしヘタレに限る」
「起きろ馬鹿者!!」


わしっと肩から頭に手を移動し、ふらふら揺れるエーリカさんの視線をキープ。
座ったまま再び眠りに落ちようとしていたエーリカさんは、また不満気に視線をゲルトルートさんに向けます。


「肩掴んできたから襲われるのかとちょっとだけ思ったら怒ってるし」
「おそっ・・・・・」
「まあそうだよね、トゥルーデもヘタレだし」
「わかった、お前は私を怒らせたいんだな」
「それともセクシーに誘ってみるべきだった?」
「お前が?ぶっ」


素で眉を寄せたゲルトルートさんにエーリカさんの手刀という制裁が入りました。
その反動で離された手。また就寝体制をとるエーリカさん。シーツを手繰り寄せ、まるで防備のように身体を包んで丸まります。その顔は、不機嫌。


「人にズボンはけ!って怒るくせに自分はすっぽんぽんで寝てるしさ」
「それとこれとは話が別だ。それに残念だがもう違う」


鼻面を抑えながらゲルトルートさんはすでにシャツを着終えていました。さすがに軍服の上着までは着る気が起きないらしく、そのままミノムシのように包まっているエーリカさんに特大の溜息。


「鍵はどうした」
「駄目だよトゥルーデ、スペアキーあんなとこに置いといちゃ」
「侵入罪だけでなく窃盗罪まで上乗せか」


そっぽを向いていたエーリカさんの身体をごろんと転がし、ゲルトルートさんは咎めるような視線を緩めません。


「どういうつもりだ」
「あたしは寝惚けてここにやってきたの」
「その割には的確な侵入プランを立ててきていたようだがな」


起き上がる気はさらさらないエーリカさんは寝転んだまま、ゲルトルートさんを見上げました。
その口をついて出たのは誰がどう考えても解る嘘。ゲルトルートさんの口元が引きつります。
しかしエーリカさんは気にもしません。むしろわざとらしくきょとんと目を丸くします。


「ある完璧なお手本を真似てみたんだけどな」
「お手本?」
「やかんしょーかい」
「・・・・・、ああ。いや、あの部屋は鍵かかってないし、第一、あいつらの場合、寝惚けてるわけじゃないだろう」


呟かれた単語に連想されたそのお手本。
それを思い浮かべてゲルトルートさんは眉根を寄せます。寝惚けて、というのは不正解だと。
エーリカさんはキリッとした顔で淡々と告げます。


「被害者であるスオムス空軍少尉が供述してくれました。寝惚けてんだよ、と」
「・・・・・・・・・・・」
「加害者であるオラーシャ陸軍中尉にも事情聴取してみました。黙秘でした」
「明らかに寝惚けてないだろ」
「プライバシー保護のため実名は伏せさせて頂きます」
「伏せる意味がない」


先ほどの溜息とは別の意味合いの溜息を肺いっぱいに吐き出し。ゲルトルートさんは眉間を抑えます。にやにや顔のエーリカさんは続けます。


「被害者が無罪って言ってるんだよ。つまり寝惚けているという大義名分は立つんだ」
「・・・・、どれだけ甘いんだあいつは」
「夜間哨戒任務がないのに中尉が何故か自分の部屋のベッドを占領してても、物凄く疑問を抱くけど今日だけダカンナーって言っちゃうくらいだだ甘だよ。ザッハトルテが甘くなくなるくらい」
「甘過ぎるな・・・。待て、何で哨戒にいってたお前がそんなこと知ってる」
「いや、予想。何なら賭ける?夕ご飯のお芋」
「賭けにならんだろう」


賭けにならない理由は、賭けの景品のせいか、それとも賭ける対象のせいか。


「今確認しに行くのは止めるけど」
「は?」
「たぶん超安眠と超寝不足だろうから」
「・・・・・・・・・・お前、サーニャに何言った?」
「腕枕ってちょういいらしいよって」
「エイラが可哀そうにならないのか」
「天国と地獄を同時に味わうってなかなかないよね」


天使のようなお嬢様。黒い悪魔。
お手本と称された彼女たちにはどちらに見えたのでしょうか。
再三の溜息をついたゲルトルートさんに、エーリカさんは期待のまなざし。


「だからトゥルーデも可愛い可愛いエーリカちゃんに腕枕くらいしても罰当たんないよ」
「だから、の意味がわからん」


しかし取りつく島もなく。
口をとがらせたエーリカさんはもぞもぞとシーツを口元まで引き上げて、さらに丸まります。


「こら、フラウ。寝るな」
「あー、でも、なんか」
「いいから出ていけ」
「さーにゃんの気持ちわかったかも」


エーリカさんは何事かをもごもごと呟いていました。
また眉根を寄せて、シーツをひっぺがそうとしたゲルトルートさんが腕を伸ばして、エーリカさんに触れたのと同時。
隠れていた口元が露わに。ふにゃっとした、笑顔。


「疲れて帰ってきて、トゥルーデのベッドで眠るって、すんごく安心するね」


エーリカさんのその言葉に含まれる想いは。


「部屋を片付ければベッドで寝れるだろう」


ゲルトルートさんにさっぱり通じちゃいませんでした。
そうだ、この前掃除してやったのにまた散らかしただろう。たまには自分で片付けろ。カールスラント軍人たるもの。
そうお小言が続きます。


「もー・・・・」


そんなゲルトルートさんの様子に、思いっきり溜息を吐き捨ててエーリカさんは起き上がります。目を丸くしながらも、やっと帰る気になったかと無言でそれを見ているゲルトルートさんの前で、自分の抜けがらを拾いながら扉まで辿り着き。
顔だけ、振り向きました。


「つまりトゥルーデが怒ってる理由を要約すると、寝惚けたふりして入ってきちゃダメってことだよね」


疑問に眉根が寄るゲルトルートさんに、可愛らしく笑って。


「おやすみトゥルーデ」


エーリカさんは去って行きました。
よくわかってないゲルトルートさんを、残して。








「・・・・・・・・・、何故今夜もここに居る」
「寝惚けてないからいーじゃん」
「はあ!?」


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