えるまたん



宴会だ。
目の前で展開される騒ぎを一言で表現するならそれしかないだろう。
そしてこの宴会の主役という名の建前。
それが私。


「エルマ中尉ー、ちゃんと飲むねー」
「あ、いえ、私アルコールは……」
「主役なんだから固いこと言っちゃだめねー」
「あああああああだめですってばああああ」


なんて言っているうちに半分ほど残っていたオレンジジュースのグラスに注がれるヴォトカと呼ばれるそのお酒。
べしべしと背中を叩かれて揺れるコップの中身に慌てている間にキャサリンさんは騒ぎの中心に戻って行ってしまった。
主役という肩書きが付いていても私は部屋の端っこの方にいる。
詳しく言うならお酒が入ってさらに自制がきかなくなって、その、とても口では言えない状態になりつつあるとある三人から離れた場所にいる。
もくもくと料理を口に運ぶウルスラさんの隣にはさっきとは違う色の液体の入ったコップを持ったキャサリンさん。
テーブルの上にはいつもより少し豪華な料理。もう六割方開けられたお酒の瓶たち。
果たして誰がこれを誕生日パーティーだと察してくれるだろうか。
しかも今日はその誕生日の前日。前夜祭、というわけらしい。
もはやその意味を失くした騒ぎの建前。
冷蔵庫の中にあるというケーキだけがもしかしたらそれをひっそりと主張しているかもしれない
ぐるりと見回した室内。頬が緩む。現状がどうあれ、目的がどうあれ、皆が私の誕生日を覚えていてくれたことと、祝ってくれることが嬉しかった。
このパーティーを開くと聞いた時、ウルスラさんに抱きついて泣いてしまったくらいには、嬉しかった。
もちろん、今もとてもとても嬉しい。
大時計の針を見ればもう少しで仲良く天辺に並ぶ。
ウィッチとしての時間が短く、そしてまた一つ大人になる。
その時をこうして皆で過ごせることが嬉しい。
コップの中身を舐めるように舌に移して、その味に眉根を寄せた。やっぱり、アルコールの味は好きじゃない。
甘い甘いココアの方が、好きだ。コーヒーも、ミルクと砂糖をたっぷり入れないと飲めない。
お酒もストレートで、コーヒーもブラックで飲む人に口端を緩めて「らしいな」と言われたのを思い出した。
思い出して、気付く。
ぐるりと見回した室内。
あれ。
ぐるりとまた見回して、薄闇のテラスに眼を凝らして、キッチンの方にも視線を向けて。
居ない。
首を傾げて、少しさびしくなる。
智子中尉は強制参加!って息巻いてはいたけれど、それを無理強いすることなんて私には出来ない。
あの人は、たぶん、騒がしいのは嫌いじゃないけれど得意じゃない。
俯いて、橙色の、果実とお酒の匂いがする水面を見詰める。
騒ぐ声。食器の音。それに混じる。


「ぇ?」


顔を上げて、ぐるりと、見回す。
確かに、今。
目に留まったのは、少しだけ開いた扉。
コップを近くのテーブルに置いて、私は、そこに身を滑らせる。
身体の分押し開いだけ、室内からの光の帯が石造りの廊下を照らした。
明るい室内に慣れた目には、とても暗い廊下。


深い眼に映った光を見つけた。


一瞬。
何が起こったのか解らなかった。
後から考えれば、思い出せば、顔に火がついたように熱くなる。
たぶん、私の腰に回ったのは腕で。たぶん、私が顔を寄せていたのは肩口で。たぶん、私の手が触れたのはあのジャケットで。たぶん、たぶん。


「誕生日おめでとう、エルマ」


そう耳元で聞こえた声は、あの人のもので。
私の脳がその言葉を一生懸命判別している間に、遠くに聞こえる大時計の鐘の音。針は仲良く並んでいたらしい。
鐘の音がなくなる頃には私は一人ぽつんと立っていた。
廊下の向こう側に視線を向ければ、窓からの月明かりにあの人の後ろ姿。くゆる煙。
視線をまた真っ直ぐ、そう、たぶん、あの人が寄りかかっていた扉に向けて。
顔から火が出そう、じゃなくて、たぶん火が出てたと、思う。


「エルマ中尉ー、こんなとこで何してるねー」
「……ケーキ、食べるから」


廊下に出来た光の帯が広くなる。そこに映るでこぼこした影。
私を見た二人。二人を見る私。


「顔真っ赤ねー」
「何かあった?」
「あああああああああああああちがうんですっ!!」
「酔ってるねー、まあいいことねー」
「ちがうんですってばあああああ!」
「いいから早く部屋に戻るねー」


先に消えるキャサリンさんに追い縋るみたいに足を進めて、袖を引かれる。
視線を落とせば、ウルスラさんの無表情。


「エルマ中尉……」
「は、はい?」


その瞳がちょっとだけ妙な色を浮かべている気がして息を飲む。
まだ熱い顔が、少しだけ冷える。
果たして、その口から出た言葉に。


「煙草の匂い」


私の顔はまた火を噴いた。



実はビューさん一人きりになった後に何したんだ私はみたいに悶々としてればいいと思います
とても思います

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