誰にも言ったことはないけれど。誰しも解ってることかもしれないけれど。
私にとって、ここの人たちは、眩しすぎるものだった。

「さぁにゃぁあああああ……」
「また怒らせたんですか?」
「わかんないんだよぉおおおおお……!!」

食堂のテーブルに突っ伏して涙さえ浮かべているこの人が、もしかしたら一番眩しかったのかもしれない。
眩しくて、眩しくて、目を向けることも出来なくて、少し開けた瞼の先に掌があったことにも気付かないふりをしたくらいに。
ダイヤモンド。あまりに輝くそれに触れることなんて、あの時の私には出来るはずもなかったのだけれど。

「でもなんか、なんか、こっち見てくれないし、話しかけても馬鹿って言われるし……!」
「ええっと、ご機嫌では、ないですね」
「ぅわああぁぁぁああさあにゃああああああ……!!」

うわんうわんぐずっているその人の前に温めたミルクを一杯。
ありがどう。ちょっと濁った感謝の言葉。この人はきっと確認すらできなかったんだろう。私の想像するあの子の耳と頬は朱色。また何かしてしまったのだろう。この人は、自覚がない時の行動が、厄介だ。
何を考えているのかわからないミステリアスな人。奇跡のウィッチ。ダイヤのエース。
きらきらと輝いていて、近づけば近づくほど私の影が濃くなるのが怖くて、近づくことを避けていたあの頃。
ちょっと色々と情けない人。悪戯狐。意外と几帳面だけど抜けている。
真っ直ぐ前を見ることが出来るようになってから、あったかい手に引かれるように一歩進んだ視界で見たのは、そんな人。
今でも、戦場や訓練ではやっぱり凄いウィッチなんだと言うのはわかる。
けれど。

「何かしちゃったんじゃないですか?」
「朝から一緒だったけど、何にもしてない……」
「逆にそれがだめだったんじゃ」
「ん?」
「き、気にしないでください」

コーヒーを啜ってこっちを見上げてくるアメジストを見る。
真っ直ぐ、見返すことが出来る。
誰かのために、こんなにもうだうだと悩んでぐるぐると唸り声を上げているこの人を、怖がる必要なんて、もう、ないでしょう。
ちょっと、可愛いとさえ、思ってしまうでしょう。

「ほら、朝からのことを思い出してください。何かあるかもしれませんよ?」
「さっきからしてる……」
「こう言うのは目を瞑って考えるのが良いんです」
「そうかぁ?」

そうですよ。
そう言葉を乗せて、両の掌をあなたの瞼の上に重ねる。
これで、何でも見通しそうな目は、何も見えないでしょう。
また唸り始めたあなたの、知恵熱なのかいつもより高いであろう体温を掌に感じて、思う。
ねえ、どうしようもなく優しい人。
こんなにも簡単に触れることが出来るのを、私はつい最近気付いたんですよ。
あの子の視線がある時は、さすがに遠慮していますけど。手を伸ばせば、簡単に触れることが出来たんですね。
今、あなたの瞼の裏にはあの子のことしか映っていないから、得意の予知も、私には働かないって知っている。
なんて、あの子のことが映っていないことなんて、ないのかもしれないけれど。
ねえ、エイラさん。
なあんにもわかってない、あなたに、一度だけの悪戯。
掌越しに、あなたに唇を落とす。
こんなにも、すぐ傍にいてくれた存在だったのに。それこそ、こうやって、触れられるくらい近くにいてくれた人なのに。
私はそれに気付けなかったんですよ。
あの時の私には、あなたは、とてもとても、遠い存在でした。
そして今は遠くなくても、あなたと私の手の先には、それぞれ違う人が居る。



【憧憬】

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