納得できなかった。
誰にも傷つけられないダイヤモンド。掴みどころのないいたずら狐。
誰にだって優しくて、そっけなくて、どうしようもない、そんなあいつの本当の特別なんて、あいつの姉以外にいない思ってた。出来ないって、思ってた。そしてたぶん、信じてた。あいつが帰ってくるのは、他のどこでもなく、私たちが居るスオムスだ。そう、考えていた。
エースたちが集まる統合戦闘航空団。輝かしい戦歴と結果をぶら下げて帰ってきたイッルの隣を見て、私たちは少なからず、衝撃を受けたんだ。時を同じくして戻ってきていた私も、その一人だった。
白百合。彼女はそう呼ばれていた。その二つ名に相応しい妖精みたいな儚くて可愛い容姿をした彼女を、私たちは歓迎する。
お持ち帰り。誰かが言った。実際は彼女の原隊の意向もあったわけだがそんなことはこの隊のやつらは気にしない。より面白く、よりからかえる方へ。ささくれた前線で、数少ない娯楽を見逃す手なんてない。
イッルを囲んで質問攻めをする皆と、手紙で少なからず事情を察してニヤニヤ見ているやつら。この騒がしさもしかたないと半ば放任している上官たち。
そうしている中で、私だけは、ひとり違っていたんだと思う。
納得が出来ない。
彼女を、彼女に対してイッルがその心を砕いていることを手紙の受取人である私はたぶん誰よりもわかっている。最初は驚いた。執着なんて言葉すら知らないようなイッルが、たった一人のことを、原隊への手紙にまで記すなんてそんなこと、ありえない。けど、間違いなくイッルの字で、イッルの言葉で、綴られたのはその子のことばかりだったんだ。ありえないことが起こった。奇跡が、起こってしまった。
ハッセは言った。見つけちゃったんだよ。ラプラも言った。こればかりは望んで出来るものでもない。
それでも、納得が出来なかった。
特に、原隊に戻ってきたイッルたちの行動を見てからというもの、私のこのやり場のない、怒りにも似た感情はどうすることも出来なかったんだ。
二人を見る。イッルからの感情は、見ていればいやというほどわかる。それに比べて、彼女の方はどうだ。わからない。窘める。叱る。ちょっと呆れる。そんな、どこか困ったような感情しか、見てとれない。なんだよ。イッルがあんなに一生懸命なのに、なんなんだよ。
今になればわかる。カンノからの言葉も、効いてる。私はたぶん、気に食わなかったんだ。誰も手に入れられなかったイッルからのそういう感情を向けられている彼女が、気に入らなかったんだ。
だからその日ももやもやした感情を消化できなくて、当てもなく基地を歩いていた。それがよかったのか、悪かったのか、わからない。気づいてしまったんだ。
他に誰も居ない武器庫に、二人が居た。
補給も芳しくない、総積載から言えばどう見たって足りない、そんな室内。木箱に腰を下ろしたイッルと、その対面に立つ彼女。私は意識する間もなく身を隠していた。覗き見。趣味が言いといえるものではない。しかも今は一人。隊の皆とやる悪ふざけでもない。それでも、気になった。
雑談だろうか。機銃や砲台、弾薬。周りの機材と不釣合いな、穏やかな空気だった。イッルの、照れたような笑顔。彼女の、どこか仕方ないというような笑顔。奥歯をかみ締めた。わからない。なんなんだよ。あんなに真っ直ぐなのに。誰にも手を出させなかったものを、あんなに晒されてるって言うのに。なんなんだよ。
ぐつぐつ煮える感情を押し込めようと瞼をぎゅっとつぶっていると、素っ頓狂な声が響いた。
改めて二人を見て、感情が止まる。
彼女が、胸元にイッルの頭を抱き寄せていた。遠目からでもイッルの耳が赤いのがわかる。慌てているのもわかる。そんなイッルを気にせず、彼女は。
白金に、唇を落としていた。
イッルから見えるわけもなく。誰も見ていないと思っているであろう。自分だけが、わかる、この状況で。どんな節穴でも気づかざるを得ない。微笑みを浮かべて、白金に口付けていた。
廊下の壁に、背を預ける。二人はもう見えない。声だけが聞こえる。感情が、やっと動き始める。
ああ、なんだよ、もう。
一方通行なんかじゃなかった。それこそ、どちらが先かなんて、もしかしたら、そう思わずには居られないほどの。
愛おしそうな翡翠を、見た。
肺いっぱいの、空気を吐き出す。

「敵わないなぁ……」

そんなちっぽけな一言で、私の中の感情が、霧散してしまった。



【思慕】

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