発音が微妙に違う



センセー、猫に話しかけたりしてるからなー。
ウエスタンハットを指に引っ掛けて回し、苦笑いを浮かべていたその人の言葉が、アズリアさんの耳の奥で反響しました。









島の住人の戦線に加わってから少し経ち、比較的落ち着いていた頃のこと。
鍛錬を終えて一息ついていたアズリアさんが見つけたのは、小さく丸まる白い背中と、特徴的な二又に分かれた朱色の髪。
その後ろ姿を持つ者は、アズリアさんの記憶では一人しかいません。
またこんなところに一人で。一番狙われる立場だというのにわかっているのか。
そんな思いを眉間の皺と共に浮かべて近づきます。軍人の性か、気配を消して。
そして気付くのです。その人、アティさんはどうやら一人ではないということに。

「ふわふわですねぇ」

よくよく見れば、アティさんがしゃがみこんだその前には、黒い猫が一匹。
頭を撫でられて上機嫌に尻尾を高く上げていました。

「日向ぼっこしてたんですか? 今日はいいお天気ですものね」

猫を構いながら話しかけているアティさんの姿がそこにはありました。
猫にさえも丁寧な口調というのが、なんともらしいものです。
何をしているんだあいつは。
そう考えて、さらにソノラさんの言葉を思い出して、溜息を吐きだすアズリアさん。
尚も、今度はにゃー? にゃー、にゃあ、と鳴いてコミュニケーションを取り始めたアティさんに頭痛すら覚えてるほどです。
こんな行動も、学生の頃からアティさんを知る身としては思い当たる節がありすぎるのです。
付き合ってられんとばかりに、背を向けようとして。

「あずりあ」

アズリアさんは足を止めました。
鼓膜を叩いたのは、よく知る声。よく知る名前。アティさんの呼び声。
まさかばれたのかと振り向けば、アティさんはこちらを向いてはいませんでした。
聞き間違いかと眉根を寄せたアズリアさんの視界には、アティさんの膝に前脚を掛けて、背伸びするように顔を近づけている黒い猫。
もっと撫でろと言うことなのでしょうか、アティさんが首元をくすぐればご機嫌に瞳が細まります。

「あずりあは甘えん坊ですねー」

そして、アティさんのこの一言。
アズリアさんの顔が引きつりました。
そんなこと知ったこっちゃないアティさんは、黒い猫を撫でくり回しながら言います。

「あっちのアズリアもこのくらい私に甘えてくれてもいいと思うんですよ」

どこか不満気な声でした。
ひくり、とアズリアさんの口元が更に引きつります。

「どう思います? あずりあ」

にゃあ。アティさんの問いかけに、あずりあは鳴いていました。
ですよね。と頷くアティさん。人語訳が自己完結したようです。さすがです。色々とさすがです。
そこに、もう一つの影。
アティさんが視線を上げて、その影を捉えて、微笑みます。

「あるでぃらもおいで」

少しウェーブのかかったミルクティー色の猫が、そこにはいました。

「喧嘩しちゃだめですよー?」

二匹に向かってそう言っているアティさんの声に、アズリアさんは背を向けました。
重く吐き出した溜息。
その耳が少しだけ赤いことを指摘する人は、残念ながらいませんでした。











後日。
眉間に皺を寄せたアズリアさんを前に、小首を傾げるアティさん。

「猫に人の名前を付けるな馬鹿者」
「何で知ってるんですか!? あっ、でもあずりあは甘えん坊で凄く可愛いんです!」
「誤解されるようなこと言うな!!」

丸くなった深い蒼の瞳をキリッとさせて言ったアティさんに怒鳴るアズリアさん。

「アズリアも甘えてくれてもいいんですよ!?」
「何故そこで腕を広げる!?」

二人のやり取りは、十数分続きました。










そして。

「あーあ、アズリア、頭固いくそ真面目だからああなっちゃうんだろうねー」
「あら、ベルフラウに聞いたけど、センセがそのらって呼んでる猫もいたらしいわよ」
「えっ!?」

飛び火。



へいぜる、って名前をつけようか悩んでる子猫がいる。

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