近衛家20
毎朝の恒例。
本日の髪型決定をしている時のこと。
「髪伸びたなぁ」
『伸びた〜?』
幼い娘たちの頭を撫でつつ、ママがそんなことを言う。
似ている方の親と同じ髪型の娘たちの柔らかい髪が、伸びていたのだ。
「うん、散髪や」
「さんぱつ〜?」
「髪切るん」
「失恋しとらんよ〜?」
「・・・・・・・・・・・・ほんま、色んなこと知っとるね」
『うんっ』
ほんのり色々思うことがあるママに、娘たちが満面の笑顔を向けた。
――――――
「じゃあ茶々丸さんに頼めば?」
「それも考えたんやけど、やっぱ小さい子供の髪切るいうたら親がするもんやろ!」
「何その意気込み」
「憧れてたんよー」
ふにゃっと笑うルームメイトに呆れ顔の明日菜の視線の先には、散髪準備を整えたちびたちの姿。美容院の如くあのてるてるぼーずのような布を巻
きつけ、キャイキャイ言いながら駆けている。
「ちなみに木乃香、髪切った経験は?」
「皆無や」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。大丈夫なの?」
「愛があれば大丈夫!!」
「根拠ないわね」
本人も少しばかり不安に思っていたのか必要以上に握り拳で答えていた。
そんな騒がしさの中、本日も部屋にノックの音と声が届く。
コンコン
「お嬢様、刹那です」
それに答えた母親の声とともに駆け出す双子。数秒後に聞こえる熱烈な歓迎の声。それに苦笑しあう木乃香と明日菜が待てば、現れたのは近衛家の
未来の婿養子。
「失礼致します」
「いらっしゃいせっちゃん」「いらっしゃい刹那さん」
「・・・・、あの、何でちびたちがてるてる坊主みたいになってるんですか?」
困惑顔の刹那の両腕に抱えられたてるてる双子。明日の天気予報は雨だっただろうかとかそんなことを考えていた刹那に木乃香が微笑む。
「散髪してやろ思て」
「散髪?お嬢様がですか?」
「むー、何や?せっちゃんもうちやと変になる言いたいん?」
「い、いえっ、滅相もない!」
むくれる木乃香に刹那が慌てて弁解する。機嫌を損ねられては後が大変なのだ。
そんないつもの遣り取りを見つつも明日菜が口を開く。
「・・・・、刹那さんってまだ京都に居た頃髪誰に切ってもらってた?」
「へ?あ、えっと、姉弟子たちに切ってもらってました。と言っても、小刀でですけど」
「え?ハサミじゃないの?」
「小刀の方が扱い慣れてるのでやりやすいんですよ」
真剣を常時扱う剣士らしい言葉。ちびたちを腕から降ろし、これ位のヤツでとどこからか取り出した刃渡り八センチほどの小刀。一見、ペーパーナ
イフのようにも見える。
「へー、そんなので切るんだー」
「私も姉弟子にせがまれて切ってたりはしてましたけど、最初は緊張しましたね。何せ抜き身の刃物ですし」
「ハサミとは違うしね」
納得した明日菜が木乃香に視線を送り、意地悪げに笑う。
「何か刹那さんの方が上手そう」
「何や、悔しい」
「そ、そのようなこと仰られても・・・」
上目使いに抗議され、たじたじの刹那に毎度ながらもご馳走様と呟く明日菜がパパの足元で首を傾げているちびたちを呼び寄せ、その頭に手を置い
た。
「で?近衛双那ちゃんと桜香ちゃんの髪を切るのはママ?それともパパ?」
「うちや!!」
「じゃあ決意も熱いママにこの散髪用のハサミを贈呈します」
しゅばっと挙手をした木乃香にわざとらしくハサミを渡し、流れについていけない刹那の隣に移動してことを見守ることにした明日菜。
刹那が心配そうに見詰める中、木乃香はさきに双那を小さな丸椅子に座らせてその背後に立ち深呼吸。手には、本日の仕事道具。
「双那ちゃん、またパパと同じ髪型でええ?」
「うんっ」「パパではありません」
「そか、なら切るで」
刹那の反論を華麗にスルーし、木乃香はハサミを双那の頭に近づけようとして。
「母上〜」
「ッ!!」
不意に振り向いた双那に過剰反応してハサミを慌てて離す木乃香。ハサミ、それは刃物の一種。明らかに木乃香はちびたちにそれを向けることを恐
がっていた。愛しさゆえに。
「木乃香?」「お嬢様?」「母上〜?」「母様〜?」
「・・・・・・・・・・」
四種の呼び声にも反応せずに固まっていた木乃香が、無言でハサミを明日菜に手渡し、刹那に抱きつく。
「ぉわ!」
「あかんせっちゃん!うちには無理やー!!」
「わ、解りましたから離してください!」
「怪我させるん怖いんー!!」
「私が、私がしますから!!」
「ぅー・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・・、あの、だから、離してくれませんか?」
幾分か冷静を取り戻した刹那が抱きついたまま唸る木乃香の背中をぽんぽん擦る。それをうんざりした顔で見ていた明日菜が搾り出すように言った
。
「イチャイチャしてないでさっさと切りなさいよ」
最もだった。
――――――
「双那、こっちを向いたりする時は、先に私に言ってから動くこと」
「は〜い」
「いい子だ、じゃあ前向いてて」
「うんっ」
前に置かれた姿見越しに双那に微笑みを向け、刹那は小さな頭をなでる。
跡取り娘から散髪をバトンタッチされた婿養子の手には先ほどの小刀。使い慣れた得物の方を選択したらしい。
「お嬢様、どのくらい切れば良いですか?」
「あ、三センチくらい?」
「解りました」
木乃香に確認を取り、髪に小刀を当てる刹那には何の躊躇いもなく、双那の黒髪の欠片が床に敷いたシートに落ちていく。
双那を退屈させないように、他愛もない会話を桜香を交えてしながら散髪していく刹那を見詰める木乃香と明日菜。思うことは同じ。
「めっちゃパパやなー」
「何あのアットホームパパ。またファザコンレベル上がるわよ」
本人の認識とは裏腹にパパレベルが軒並み上がっている刹那。パパマスターの称号は近いだろう。
「いい加減諦めればいいものをまだ粘ってるし」
「最近巫女たちからの手紙もめっちゃ増えとるって言うてたなー」
「ああ、あの手紙・・・」
「なんや帰省する日指定してくるんよね」
明日菜は知っている。婿養子から、大安吉日ばかり狙ってるんです・・・と項垂れて告げられていたのだ。巫女たちはある種クラスメイトのトラブル
メーカーたちよりも質が悪かった。
――――――
「よし、出来た」
「さっぱり〜!」
「うん、後でちゃんとシャンプーしような」
「は〜い」
双那の頭を、切り始めの時と同じようになでる刹那。綺麗に散髪されたそれは刹那が器用だと言うことを語っている。
「次は桜香ちゃんやね」
「うちの番〜」
「で、そっちのちびはどんな髪型にするわけ?」
「んー、どないしよ?」
「どないしよ〜?」
向かい合わせで同じ顔を傾げる母娘。先に閃いたのは娘だった。
「ちぃさい頃の母様と同じがいい〜」
「うちのちぃさい頃?」
「うんっ」
ママである木乃香は今でこそ艶やかな長髪だが、幼い頃は肩ほどの髪だった。京都に帰省した時にその写真を見ていたのだろう、桜香はリクエスト
する。
「母様と同じ〜」
「短くなるんよ?ええの?」
「ええの〜」
「・・・・・・・んー」
桜香の腰まで伸びた髪を梳きつつ、もったいないなと考える木乃香は刹那に視線を向ければ微笑まれる。
「本人がそう言うなら、そうしてあげたらどうですか?」
「せやかて・・・」
「お嬢様と同じが良いんですよ」
「・・・・・・・・うん」
木乃香は改めて桜香に向き直り笑顔を向ける。
「じゃ、うちと同じにしよか?」
「うんっ」
――――――
ばさり、と落ちる黒糸。
しばらくそれば続き、刹那の視線の先、鏡に映る幼子はかつての木乃香にとても似ていた。瞳を細めてそれを見ていた刹那の手が止まっていること
に気付いた桜香が声を掛ける。
「父様〜?」
「あ、ああ、ごめん」
「どないしたん〜?」
「いや、何でもないよ」
大雑把に切ったその髪を、丁寧に揃えていく刹那。
己の片割れと視線を交わした双子が、揃って口を開いた。
『初恋の思い出〜?』
「・・・・・・・・・・どこから覚えてくるんだ、本当に」
今日初めての溜め息が、刹那から洩れた。
――――――
『出来た〜ッ!!』
散髪をし終えた双子が両手を掲げて歓声を上げる。見て見てとばかりに足元まで寄って来た双子の切りたての髪をくしゃくしゃしつつ明日菜は笑っ
た。
「可愛いじゃない」
『やた〜ッ!!』
「まああたしには劣るけど」
「あ〜、ツンデレです〜」
「うちたちにはツンばっかりや〜」
「あの人にしかデレないんですよね〜」
「実はデレデレやね〜」
「・・・・・・・・・・・その情報源を吐きなさい」
『きゃ〜〜〜☆』
「こら待て!!」
ちょっとしたからかいで言った言葉に返された双子の反応に明日菜のこめかみがピクリと動く。それを感じ取った双子が逃げ出し、日常茶飯事とな
った追いかけっこが開始された。
「せっちゃん、髪切るの上手いんやねー」
「お褒めに預かり恐縮です」
「苦しゅうない」
仰々しく述べる刹那。それにあわせる木乃香。
暫く沈黙が続き、互いに頬を弛ませた。
「髪、伸びましたよね」
「ん?ああ、あの頃から伸ばしとったから」
「そうですか」
「願掛けみたいなもんだったんよ」
「え?」
首を傾げたその人に、木乃香は言う。
「どっかの誰かさんが戻ってきて、振り向いてくれるようにー。・・・・なんてな?」
木乃香の悪戯っぽい笑みからそれが本当か嘘かは解らず、刹那は目を丸くするしかなかった。と、そんな刹那に駆け寄ってくる二つの足音。
「父上〜っ」「父様〜っ」
「え?」
『助けて〜☆』
「おわ!」
ダイブしてきた双子を何とかキャッチして安堵する刹那が視線を上げれば、そこには怒れる弟子の姿。
「ちょ、ちょっと待ってください、明日菜さん」
「その双子から話聞くまで終わらないわよ」
「え、ちょ、ほら、相手は子供・・・」
「あたしが知りたいのは元凶よ」
じりじり詰め寄る弟子に後ずさる師匠。パパの腕の中で双子は楽しそうに言った。
「父上〜」「父様〜」
「?」
『逃げろ〜!』
「逃がすかッ!!」「うわあ!!」
追いかけっこに巻き込まれたパパを、ママが微笑んで見詰める。
逃げ切れるか、捕まるか、全ては婿養子に掛かっていた。
頑張れ、パパ。